苦渋の告白者-3
「……書類は、これで全部です。失礼します」
時計に視線を走らせると、もうステージが終わった頃だった。
隊長に書類を渡し、脱兎のごとく詰め所から飛び出した。ブーツの魔晶石が光り、芸術祭の会場を目指して猛スピードで駆ける。
すぐに混雑しきった芸術祭の会場につき、ブーツの魔法を消す。
控え用のテントが立ち並んだ裏手に回り、しばらくウロウロ歩いていると、シェアラに会った。
「あ、メルヴィンさま!」
駆け寄った白猫少女は、店のテントに案内してくれ、いくつか並んだカーテン仕切りの一つを指した。
「ルビーはお化粧を落として、あそこで……」
「ああ、わかった」
気が急いていたせいで、シェアラの話を最後まで聞かず、カーテンを開いた。
「ルビー、待たせた……」
「あ!」
まだ着替えの最中で、殆ど素裸のルビーと、申し開きのしようがないほど、しっかり視線が交差する。 小さな胸も露に、身につけているのは陰部を覆う小さな下着と、レースのガーターベルトにストッキングだけ。
「わ、悪いっ!!」
即座にカーテンを閉めようとしたが、ふと気付き、背筋に悪寒が走った。
中に踏み入り、後ろ手にカーテンを閉める。
「……ルビー、『それ』はどうした?」
声が妙に乾き、呼吸が苦しくなる。
「あ、あの……これは、旅団の頃に、ちょっと……」
メルヴィンが凝視している先に気付き、ルビーが急いで服を拾い上げ、隠そうとする。
ドレスを取り上げて投げ捨て、逃げようとするのを床に引き倒した。
「見せろ!!」
まだまだ細い裸体に、欲情する余裕などなかった。
メルヴィンの目をひきつけているのは、白い肌に刻まれた無数の古い傷痕。
だいぶ薄くなっているが、胸や腹、内腿にもある。それはすべて、半獣の歯型や爪跡だった。
最初に会った日、ルビーの手足を拭い、たくさんあった切り傷や擦り傷に薬を塗った。
傷には新しいのも古いのもあり、旅団の生活がいかに過酷だったかを知った。
けれど身体には大したケガを負っていないと、ルビーは薬草香油を自分で塗っていたし、病院で服を脱ぐ時は、メルヴィンは外で待っていた。
だから裸を見たことがなく、今まで身体の傷痕に気付かなかったのだ。
「……旅団の頃と言ったな、どうしてこんな傷がついた?」
動悸がドンドン早くなる。頭に血が昇ってガンガン響き、耳の奥が痛い。
「な、なんでもないんです……」
「答えろ『命令』だ」
ルビーを押さえ込み、低い唸り声で命じた。
こんな時まで働く勘が、不穏な予測を叫んでいる。この傷をつけたのは……
「旅団の獣人たちは、お前に何をしていた?」
「それは……」
「ちょっとー!どうしたの!?」
フランシスカの声とともに、勢いよく控え室のカーテンが開く。
「――メルヴィン?」
フランシスカの引きつった顔に、ようやくメルヴィンは我にかえり、状況を把握する。
――下着一枚で床に押したおされた涙目の少女と、のしかかる男。
「違っ!!これは……」
「約束どおり、不埒者は誰であろうとぶちのめすわよ」
跳ね起きた弟の前に、ピンヒールをカツンと鳴らして兄が立ちはだかる。
ニッコリと唇を吊り上げ、ご丁寧に指輪をはめた手で握り拳を固めた。
「ちょ!話を……!!」
必死にルビーが止めてくれたおかげで、鉄拳制裁を一発喰らっただけで済んだ。
まったく、なぜか昔から、これだけは絶対に避けられない。