苦渋の告白者-2
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宮殿の隅にある、第五遊撃隊の詰め所にまで、芸術祭の喧騒は届いていた。
「ん?やけに急いでるじゃねぇか」
凄まじい勢いで会議の書類をまとめているメルヴィンに、隊長が声をかけた。
「なんか用事でもあんなら、代わってやるぞ?」
「いえ、大丈夫です」
ガリガリと万年筆を走らせ、メルヴィンは答える。
他からどう見られていようと、遊撃隊はメルヴィンにとって最高の仲間だ。副長になったのは家柄だからこそ、責務はきちんと果たしたい。
ファビアンとの会話がなくても、それは前から変わらない決意だった。
最後の書類をかきあげた時、市街地の方角からにぎやかな祝砲が聞えた。
「うわ、今年の芸術祭は派手だな」
詰め所の窓から、立ち昇る赤や黄色の煙を眺めた隊員が、尋ねた。
「副長のお兄……お姉さんも確か、出展してるんですよね?」
ピクリ、とメルヴィンの瞼が痙攣した。
昨夜の一件を思い出し、無愛想な顔がさらに険しくなる。殺気すら感じ、隊員は慌てて部屋の反対側に避難した。
――昨夜、代打衣装を試着したルビーを一目見て、メルヴィンは即座に断ろうとした。
『駄目だ、絶対に駄目だ。ルビーは貸さない』
ルビーに聞えないよう小声で抗議する弟に、美貌の兄は細く描いた眉を吊り上げる。
『私は、アンタじゃなくてルビーに頼んだの。あの子がオーケーっていうんだから、良いじゃない。どうせステージを見にくる予定だったんでしょ?』
『けど、あんな格好で……』
『ちょっと!私の新作が気に入らないの!?』
『そうじゃない!』
フランシスカの才能は確かだ。
近頃では、真似をして獣人用の美しい衣服やタグを売る店も出てきたが、それでも店が揺るがないのは、兄のデサインする服やアクセサリーに太刀打ちできないからだ。
実際、ルビーの着る新作衣装も素晴らしかった。
恥ずかしそうに頬をかすかに染めてメルヴィンを見上げる姿は、とほうもなく可愛いい。可愛すぎる。
小声で引き続き抗議した。
『ただでさえ可愛いのに、壇上で目立ったりしたら、手を出す不埒者が寄ってくるだろうが!』
……つい先ほど、その不埒な真似をした張本人が言えば、世話はない。
『うっわぁ……この独占欲の塊に、ルビーはよく我慢してるわねぇ』
フランシスカが、気持ち悪いものを見る目で顔をしかめる。
『独せ……っ!?無防備すぎるヤツを心配するのは当然だろう』
『相手を束縛する言い訳は、大抵それよ。愛想つかされて逃げられてからじゃ遅いのにね』
『ぐっ……!』
フランシスカの言葉は、メルヴィンの心を的確にえぐり、返答に詰まる。
辺境では人間は全部酷いと思っていたが、良い人もいると解ったと、ルビーは嬉しそうに話す。
それは喜ばしいことだ。
ただ、良い人っぽく見える悪い人もいるのが世の常。
獣人なら他人のタグがついていようと弄んでいいと思っているクズは、帝都にも掃いて捨てるほどいる。
ルビーは心を許した途端、極端に相手を信用しすぎる。それが心配なのは事実だ。
だが一番の理由は独占欲と嫉妬心なのを、本当は自分でも理解していた。
フランシスカは美しく紅を塗った唇に、豪儀な笑みを浮べる。
『安心なさい。壇上のモデルにはお触り厳禁だし、終わった後も、うちの子たちに手を出す不埒者は、誰だろうと私がぶちのめすから』