苦渋の告白者-1
――翌日。
「う、うわぁぁ……」
広場を埋め尽くす観客の数に、ルビーは衝立の後ろで足を竦ませる。
本日は帝都の芸術祭だ。
絵画や彫刻に加え、服飾も芸術の一つと見なされており、有名ドレスショップたちが新作の披露をする。
新作服を着てステージに立つのは、たいていが美しい女優や役者だが、フランシスカの店では、店員の獣人少女たちが着る。
ルビーもタバサと一緒に見物にいく予定だったが、まさかステージにあがる側になるとは思ってもいなかった。
シェアラの双子である黒猫少女が、急な風邪で寝込んでしまい、フランシスカは昨夜、その代役をルビーに頼みにきたのだ。
小柄な黒豹のルビーなら、服のサイズも毛並みの色合いも似合う。
店に遊びに来たとき、ステージ準備を手伝ったりもしたから、段取りも知っている……適役というわけだ。
「えっと……あの板の上を歩いて、端まで行ったら戻ってお辞儀、最後に皆でもう一回お辞儀……」
小声で復唱し、ゴクリと緊張に唾を飲む。
気楽にやればいいとフランシスカは言ってくれたが、やはり緊張する。
白いブラウスに、エメラルドグリーンのリボンとスカートを合わせた衣装は、うっとりするほど素敵だ。ヘッドドレスには模造ダイヤが光り、靴やアクセサリーも完璧。
タグも、今だけはお店の名を刻んだものに付け替えている。
衣装が申し分ないだけに、余計に気後れしてしまい、心臓が破裂しそうだ。
フランシスカは本当に困っているようだったから、手伝えるならと引き受けたが、足を引っ張る結果になるのではと、さっきから後悔してばかりだった。
「はい、シェアラもいいわよ」
フランシスカが美しく着飾った店員を一人一人チェックし、テキパキと支度を進めている。
毎年で慣れている彼女たちは、忙しいながらも楽しそうに張り切っている。
しかし、これが成功するかで、お店の評価やその年の売り上げも変わるらしい。
とても光栄だと思いつつも、緊張しすぎて楽しむ余裕は無さそうだ。
トコトコと近づいてきたシェアラが、観客席を覗き小さく声をあげた。
「あ、メルヴィンさま」
「え!?」
電光石火で観客席を見渡したルビーを、シェアラはニンマリと眺める。
「なーんてね。お仕事でどうしても来れないんでしょ?」
「もう!」
「ほら、もっとニコニコするの!メルヴィンさまが見てると思って!」
ルビーと色違いの服を着たシェアラが、頬を指先でつんつん突く。この数ヶ月で、彼女たちともすっかり仲良くなった。
「う、うん……」
人で埋め尽くされている観客席のどこかに、メルヴィンがいると必死で想像した。
手伝いたいと言うルビーの意志を、メルヴィンは尊重してくれたが、どうやらあまり賛成ではなかったようだ。
やはり、荷が重過ぎると判断したのかもしれない。
メルヴィンは今日、外せない会議があるそうだ。
ステージは見れないが、迎えに行くから待っていろと言ってくれた。
どうもそれは、小間使いと主人という関係では間違っている気もするが『命令』だという。
メルヴィンの命令は、どれもルビーの為になる、妙なものばかりだ。
それを思い出すと、ふわっと口元が緩み、緊張が解けていく。
「そうでなくっちゃ」
シェアラが満足そうに頷き、そっと耳元で尋ねた。
「もしかして昨日は、邪魔しちゃった?」
「えっ!?」
「メルヴィンさま、あからさまにルビーが大好きだし、ルビーも好きでしょ?なんか、いい雰囲気だったみたいだし」
「え、ええっと……そんなわけじゃ……」
唇にまだ感触が残っている気がする。
驚いたけれど、頭がクラクラするほど幸せだった。
メルヴィンはいつもルビーを宝物みたいに扱い、ひたすら甘やかす。ハチミツやチョコレートや生クリームや、その他世界中の甘いものを混ぜ込んだような甘ったるさだ。
素敵な洋服やきちんとした食事は本当にありがたい。それは生きるために必要なものだ。
けれど、注射の時に抱き締めてもらったり、優しく撫でてくれるのが、何よりも嬉しい。
なくても生きていけるものばかりだけど、『感謝する』と『大好き』の微妙な違いを分けるのは、きっとそれの有無だ。
抱き締められて幸せで、キスされたらもっと嬉しかった。ドキドキして、メルヴィンにならもっともっと触ってほしい。
何でもする。だから……
無意識にせりあがる欲求に気付き、ゴクリと唾を飲む。
――それだけは駄目だ。
「だってメルヴィンさまは人間で……貴族だし」
声が震えそうになるのを必死で押さえ、無理やり笑おうとした。
「そ、それに……契約期間はもうすぐ終わって……船が出るのは二ヵ月後だから、それまでは働かせてもらうけど……」
「……ごめんね、もういいよ」
シェアラにきゅっと抱き締められた。
「きっとビースト・エデンには、素敵な獣人もいるわ。会えなくなっても、私たちはずっとルビーの友達だし、ここから祈ってる」
「う、ぅん……」
泣いたら、せっかく綺麗につけてもらったお化粧がとれてしまうから、目をパチパチさせて涙が零れるのを堪えた。