多様な軍人-7
屋敷に戻り、夕食を済ませた後、メルヴィンは自室で帝都の地図を広げた。
網のように張り巡らされた道へ、ファビアンから聞いた地点をペンで記していく。扉がノックされ、メイド服に着替えたルビーが茶器の盆を持っていた。
「帝都は、こんなに道が沢山あるんですね」
テーブルに広げた地図へ、ルビーが目をまるくする。
「あぁ。特に下町は細かいし、勝手に塞がれてたりするからな。住人でも全部把握するのは難しい」
「あ、ここが……」
小さな指先が、地図の一角を示した。海に面したそこは港があり、海上部分に小さな船の絵が描かれている。
「ああ、港だ」
「ここから船に乗るんですね」
嬉しそうに目を細めた表情に、また胸が痛む。気付いたら立ちあがり、小さな身体を抱き締めていた。
「ん!?」
有無を言わせず顎を持ち上げ、柔らかい唇に自分のそれを重ねる。
(お前は、俺と離れた後の事を、嬉しそうに話せるんだな……)
帰り道、飲み込んでしまった言葉が体中を蝕む。
ルビーは前向きなだけだ。見知らぬ地へ一人で飛び込むのは、不安でたまらないはず。
だからこそ、この5ヶ月の間、必死で人間社会を学び、身体を鍛え、あらゆる事を吸収しようと頑張っていた。
限りなくゼロに近かった可能性を、少しでも百に近づけるため、一歩ずつ歩いている。不安を口にせず、希望だけを口に出して、すくみそうな足を進ませている。
それが解っているのに、やりきれない。
メルヴィンと離れるのが辛いと、悲しんで欲しい……いや、もっと正直な気持ちは、離れたくないと言って欲しい。
同族との自由より、ここで繋がれたいと望んで欲しい。
「ん、んん!?」
動揺のうめきをあげながら、ルビーは抗おうとはしない。
強張り立ち尽くしている身体をいっそう引き寄せ、唇を離さないまま、ピクピク震える獣耳につけた硬い金属を指でなぞる。
メルヴィンの名を掘り込んだ隷属の証。
メルヴィンを所有者と示すのは、ルビーの意志でなく、この小さなプレートだ。
ルビーとの契約など、所詮は契約書もない口約束。
破るのは簡単で、たった一言『ここにいろ』と命じればいい。帝都で獣人は人間に逆らえないのだから。
しかし、簡単に実現できるからこそ、絶対にしてはいけない。
ルビーの身体を手に入れても、信頼という大切なものを失ってしまう。
なのに、薄紙一枚ほどの空間を唇の合間にあけ、禁句が飛び出しかかる。
「ルビー、ずっと……」
「メルヴィン!ルビーもそこにいるんでしょ!?」
突如響いたノックの音と、特徴的な作り声が、二人をビクンと飛び跳ねさせる。
身体を離すのと、扉が勢いよく開いたのは、ほぼ同時だった。
シェアラを連れ、フランシスカがズンズン入ってくる。
「フ、フランシスカさま……?」
ルビーは顔を真っ赤にしたまま、そっとメルヴィンから身体を離した。
「いきなり何だ?」
それに気付かないフリをし、メルヴィンは声をかけた。
だが無遠慮な兄は、弟なぞ眼に入らないように、ルビーに駆け寄り両手をガシっと握る。
「お願い!明日一日、うちの子になって!!!」