多様な軍人-6
ロビーに戻ると、ルビーはちゃんと待っていた。
思ったより長く待たせてしまったから、ホッとする。
ピンクと白のワンピースを着て、ちょこんと腰掛けている黒豹少女は、いつ誘拐されてもおかしくないと思うほど可愛い。
血色のよくなった顔色、潤んだ大きな深紅の瞳、豹獣人のしなやかさを持ちながら、小柄で可愛い身体つき。
「あ!終りましたか?」
メルヴィンを見つけると、ルビーの顔がぱっと輝いた。
「ああ」
――何よりこれだ、これ。
頷きながら頬の筋肉をひきつらせ、口元が緩みそうになるのを必死で堪える。
こんな愛くるしい表情は、他に見たことがない。
コイツに目をつけない誘拐犯がいたら、お前の目は節穴だと殴る。もちろん、誘拐などしたら、その場で撃ち殺す。
ルビーはベンチから立ち上がり、こちらに駆け寄ろうとしたが、何か気付いたように急に足を止め、歩いて近づいてきた。
『院内は走らないよう、お願いいたします』
そう記された看板が、チラリと目に入った。
「待たせたな。……何かあったか?」
ふと、持ち前の勘が働き、尋ねてみた。
「サイラスさまに会いました」
ルビーがニコニコと報告する。
「サイラスに?また煩さいヤツと会ったもんだな」
「一緒の学校だったとお聞きしました」
「堅物な寮長だった。アイツに夜遊びを言いつけられて、何回も謹慎喰らったっけ」
それでも悪いのは規則を破った自分だから、別に恨んでもない。あれはあれで楽しかった。
帰りの馬車の中、ルビーにせがまれて士官学校時代の思い出話をいくつかした。
饒舌とは程遠く、話術で女を楽しませられるとも思っていないが、ルビーは楽しそうに聞き入ってくれる。
「俺の思い出話なんか聞いて、楽しいか?」
しまいに尋ねると、当然だとばかりに頷かれた。
「メルヴィンさまが好きだから、もっと知りたいです」
満面の可愛い笑顔で正面から言われ、気絶するかと思った。
咳き込んだフリをして横を向き、真っ赤になった顔を隠す。
「お、お前なぁ……」
「え?」
「いや、なんでもない……」
ルビーは一度人間に気を許してしまえば、とても博愛精神旺盛で人懐こかった。
しかしタチが悪いのは、素直な感情のまま、いとも簡単に『好き』と言ってしまうこと。
最近では遊撃隊の隊員が、何かと理由をつけてルビー目当てに屋敷に来るが、『俺、告られた!?』と、勘違いし涙した奴が、すでにもう五人。
一緒に暮らしているメルヴィンなど、たまったものではない。
しょっちゅう好き好き言われ、そのたびに勘違いするなと自分へ必死に言い聞かせる。
――ルビーの『好き』は、皆に向けられる広く浅い『好感』で、『愛してる』じゃない。
解っていながら、日ごとにルビーが可愛くてしかたなくなっていき、気づいた時には、愛しくなりすぎていた。
(いっそ帰ったらすぐ、押し倒してやろうか)
ギリギリと奥歯を噛み締め、どうせ出来もしないプランを考える。
ルビーの事だから、抱かせろと『命令』すれば、約束どおり抱かれるだろう。
けれど、内心で少しでも嫌がられたらと思うと、かえって手を出せない。
「メルヴィンさま、私……」
不意にルビーは、腕に貼った注射後のガーゼを眺め、嬉しそうに微笑んだ。
「向こうに行っても、メルヴィンさまをずっと覚えています」
ズキリと心臓を刺されたような気がした。
「早いもんだな。あと一ヶ月と少しか……」
今日も、その準備のために病院へいったというのに、楽しく出かけている気分ばかりに浸っていた。
無邪気に告げられた近い別れに、冷や汗が背中を伝う。
「ルビー……」
「はい?」
「……なんでもない」
それきり、もう何か話す気にはなれず、重苦しい気分で黙ったまま、帝都の町並みを窓から眺め続けた。