多様な軍人-5
「……知ってます。副長もサイラス門番長も、俺が殴った貴族の坊っちゃんとは違う」
ファビアンは深い溜め息を吐いた。
「頭でわかってても、悔しかった。……多分、門番長が本当に優秀で、言い分もいつも正しいから、余計に腹がたったんです」
彼が第五遊撃隊にまわされたのは、上官を殴り飛ばしたせいだ。
ファビアンと同期で貴族出身の小隊長は、ろくに仕事もせず、ケンカをふっかけたのも小隊長だったと証言はあるが、それでも罰をうけたのは平民出身のファビアンだった。
「でも、あの子が門番長と俺らを仲間だって言うのを聞いて、やっと気付いた。他から見りゃ、下町出身の一兵卒も、貴族の尉官も全部『軍人』で、肝心なのは、ソイツが目の前で何をやったかだ」
「……それで、風邪引いて体調悪かったのに、無茶して追っかけたってか」
「下町育ちの意地を、見せてやろうと思ったんです。アイツら帝都の道に詳しくないみたいだったから」
「そうか」
この二ヶ月ほど、帝都に持ち込まれる麻薬量が激増している。荒野で山賊たちが子飼いの獣人に使っていたのと同じものだ。
今では法で禁じているが、元はといえば帝国が他国との戦争の際、、おだやかな気質の獣人を戦場で操るために発明した薬だった。
手順を踏んで与えれば洗脳効果があり、主人へ絶対服従の生き人形となる。
使用時に得る多幸感は強烈で、生まれ変わったような気分になれるらしい。
薬が効いている間は恐怖も疲労も感じなくなるから、次第に戦場で、神経の磨耗した人間兵士までが手を出し始めた。
ただ飲むだけでは洗脳効果がないところも、気軽に使用された要因だ。
しかし勿論、確実に身体は蝕まれていく。
一時期は煙草より安価に手に入り、軍がようやく禁止令を出した時には、数え切れないほどの中毒者を産んでいた。
未だに裏では売買があるし、新たに溺れる者も多い。原料の草は荒野でもよく育ち、ルビーのいた辺境は、麻薬の一大産地だ。
「……なるほど、やっぱり獣人を使ってるか」
だいたいの報告はすでに聞いていたが、もう一度確認した。
ファビアンが追いかけた麻薬の運び手たちは、どれも足の速い獣人だったらしい。
「狼に猪……黒豹の獣人もいたけど、あんまり中毒っぽくは見えませんでした」
身体能力のすぐれた獣人は、犯罪組織にも非常に重宝される。
しかし獣人は、本来の気質から、そういった行為への加担を嫌う者が多い。だから、麻薬浸けにしたり脅しつけたりして仕事をさせるのだ。
他にも2、3の気になっていた部分を尋ね終わり、メルヴィンは椅子から立ち上がった。
「隊長に報告しておく。お前はとにかく怪我を完全に治せ。それから念のため、忠告しておくが……」
藍色の目に、ギロリと剣呑な色が浮かぶ。
「額に風穴あけられたくなきゃ、うちの小間使いに妙な気を起こすなよ」
「わーっ!!!しませんよっ!!」
必死で毛布を押さえる腕を捻りあげ、表紙で黒猫少女が卑猥なポーズを取っているエロ本を引き摺りだした。
一緒に隠してあった分厚い兵学書が、床にゴトンと落ちる。
「貴族のおぼっちゃん上司だからってナメるな。いくら不真面目なフリしても、お前が努力家なことくらい、とっくにバレてんだ」
本を床から拾い上げ、気まずそうな顔をしているファビアンに返した。
「あとな、第五遊撃隊にぶち込まれたのは、上層部から認められたって事だぞ」
「へ?」
「扱いづらい厄介者だが、能力だけはあるからクビにするにゃ惜しい……そういうヤツをまとめてキツイ仕事させようって腹だ」
「はぁ……」
「ま、俺が遊撃隊に入った時に、隊長が言ってくれた受け売りだがな」
ベッドから離れ、戸口でふと振り返ると、熱心に兵学書をめくる横顔が見えた。