多様な軍人-4
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「――げっ!副長!」
病室の戸口に現れた長身を見て、両足骨折で入院中の隊員は素っ頓狂な声をあげた。
眺めていたいかがわしい本を、大慌てで毛布の下に突っ込む。
ここは本来なら三人部屋だが、他に入室者がいないようで、戸口の札に書かれていたのは隊員――ファビアンの名前だけだった。
士官学校を卒業して、まだ二年も経っていない少年で、遊撃隊でも一番の新入りだ。
「全治三ヶ月の重傷と聞いたが、元気そうだな」
特に大事な所が、とは付け加えず、病院の売店で買った焼き菓子を渡す。
「こ、これは、その……」
キョロキョロと、ファビアンは何かを探すように辺りを見渡す。
「どうかしたか?」
「だって、副長が私服ってことは、非番でしょ?最近の副長、非番はずっとルビーちゃんと一緒だって噂で……」
「ああ、ルビーの予防接種のついでに来た」
その途端、ファビアンの顔が引きつる。
「やっぱりっ!も、もしかして、すぐそこにいるとか……?」
「あ?ロビーで待たせてるが、どうした」
「い、いえ、ならいいんです……」
今度はあからさまにホッとした様子で、ファビアンが溜め息をつく。まだソバカスの残る少年は、メルヴィンの長身を見上げ、もう一度深い溜め息をついた。
「こんなトコ見られたら、カッコ悪ぃじゃないすか。麻薬の売人追っかけて、溝に落ちたとか……笑われそうだし」
ボコンと、メルヴィンの拳骨が落ちる。
「〜っ!副長ぉ!?俺、怪我人なんすよ!?」
「お前の見栄なんざどうでもいいがな、ルビーを侮辱するな」
「へ?」
「人が一生懸命やった結果を、アイツが笑うわけねぇだろ」
「ハ、ハハ……副長、骨抜きですね」
「正当に評価してるだけだ」
顔を赤くした副長を、一番若く一番ケンカっ早い隊員はニヤニヤと眺める。
そしてふと視線を落とし、日焼けした手で毛布を握り締めた。
「……副長、あの子が門の手枷で揉めた事、覚えてます?」
「ん?ああ」
五ヶ月近くも前の話を唐突に持ち出され、メルヴィンは首をかしげた。
「確かあの時、枷を付けるなって最初に加勢してくれたのは、お前だったな」
「サイラス門番長に突っかかったの、本当はあの子の為なんかじゃなかったんです」
「は?」
「大貴族エスパルサ家のお坊ちゃん、サイラス門番長への……ただのやっかみでした。」
急に泣きそうに顔を歪め、ファビアンは毛布をグシャグシャに握る。
「俺、ガキの頃は下町育ちの平民でも、努力すりゃなんにでもなれると思ってました。けど、士官学校に入ったら……それが大間違いだって気付いて、バカらしくなったんです」
ファビアンの言いたいことがわかる。どこでも貴族は何かしら優遇され、軍もそれは同じだ。
貴族と平民では、士官学校の入学クラスからして違う。
上の役職は貴族出身者ばかりで、ファビアンのように下町出身者は、一生を一兵卒で終える事もめずらしくない。最高でも少佐止まりだ。
一方、貴族のメルヴィンは、軍に入ってまもなく副長となった。それが第五遊撃隊という厄介者部隊であっても、庶民階級から見れば不公平だろう。
「だがファビアン、サイラスは……」
思わずいいかけ、メルヴィンは口をつぐむ。
エスパルサ家はメルヴィンの実家より格上の大貴族で、サイラスの養父は病床につくまでは大将軍の役職にあった人だ。
士官学校でも、サイラスが養子なのは周知の事実だった。
だが、いつも規則規則と口やかましい彼に、詳しい家庭事情を聞こうとする者はいなかった。
メルヴィンもそう親しくはなかったが、サイラスが養父の名を汚さないよう、必死に文武を極めようとしていたのを知っている。
座学で常に主席だったのは勿論だが、軍式格闘技もメルヴィンに続き次席だった。
それだって勉強のしすぎで彼の視力が落ちていなければ、負けていたかもしれない。
彼の成績なら皇帝親衛隊にもなれたのに、規則チェックが主な仕事の門番部隊を志願した時は、失笑した者も多かった。
サイラスの実力もその努力も、十分知っている。……それでも、赴任してすぐ門番長になれたのは、彼が『貴族』の養子だからだ。
やはりそれも、ファビアンから見れば不公平だろう。