多様な軍人-2
白い清潔な廊下を歩き、沢山のベンチが置かれた待合ロビーで、メルヴィンは足を止めた。
「少し待っていてくれ、うちの隊員がケガで入院したんでな。ついでに様子を見てくる」
「あ、はい」
ルビーがちょこんとベンチに腰掛けると、メルヴィンは入院病棟に歩き出したが、急に急いで引き返して来た。
「言い忘れたが、知らないヤツに声をかけられても着いていくなよ。最近、誘拐が増えてるんだ」
「はい、ちゃんと待ってます」
「被害者は人間ばかりだが、見た目のいい若い女が狙われているらしいからな」
……やっぱりメルヴィンは、ちょっと過保護なのかもしれない。
何度か心配そうに振りかえり、砂色の髪をした長身は、やがて角を曲がり姿を消す。
白く塗られた清潔なベンチに座り、ルビーは手持ち無沙汰にロビーの中を眺めた。
このロビーは病院のどこに行くにも通る場所なので、獣人や人間がいれかわり立ち代り通っていく。
場所が場所だけに、マスクをしていたり包帯を巻いている者が多いが、入院患者の見舞い客らしき者も目だった。
「あ」
目の前を通りかかった細身の青年に、小さく声をあげてしまった。
あわてて視線を逸らし誤魔化そうとしたが、もう遅い。
「おや?貴女は確か……」
眼鏡の奥で、神経質そうな視線がルビーを捕らえる。彼も非番らしく品のいい私服で、手には果物を入れた籠を持っていた。
「あ、あの時は逃げてしまい、すみませんでした!」
急いで立ち上がり、手械をつけそこなった門番に謝る。裏返った声は意外なほど大きくなってしまい、周囲の何人かが振り向いた。
門番は、自分の唇にそっと指を当てる。
「病院では、静かにお願いします」
「は、はい。門番さん」
両手で口を押さえ、小声で返事をした。
「サイラスとお呼びください。それから、規則違反をしたのはメルヴィンです。貴女が謝罪する必要はありません」
「でも……」
「ここの暮らしには慣れましたか?メルヴィンなら悪い雇い主ではないと思いますが」
意外な柔らかい口調と、思いがけないセリフに、ポカンとしてしまった。
「どうして私が『雇われている』ことを?それに、あの……メルヴィンさまを嫌っているのかと思いました」
「帝国貴族でしたら、イグレシアス家の者が獣人を『雇う』のは誰でも知っております」
サイラスは当然、とばかりに告げる。
「そして私が嫌うのは、規則違反です。彼とは士官学校の同級でしてね、規則破りの常習には腹が立ちますが、その他の部分は好きですよ」
「……」
どうにも彼の価値観が理解できず、返答につまってしまった。
そんなルビーの表情を、サイラスは冷めた視線で眺めていたが、不意に小さく溜め息をついた。
「少しだけ、隣りに座っても宜しいでしょうか?」
「あ、どうぞ……」
サイラスはベンチに腰掛けたが、自分も座っていいものか少し悩んだ。
人間の常識では、獣人は人間より格下で、同じ席に座るのを嫌がる人間も多い。
帝都で暮らしはじめてから、様々な人間を見た。
獣人と談笑する人間もいたし、自分が食事をする店に獣人を入れるなと怒鳴る人間もいた。
しかし、座るようサイラスに身振りで示され、ルビーは隣りに腰を降ろした。
「……私は帝国貴族の養子なのです」
「え?」
「出身は、ずいぶん前に帝国へ併合された、とある小国の村です。よく大人の言いつけを破っては叱られる子でした。メルヴィンの規則違反など、可愛いものです」