止まれぬ巨人-2
しかし、結局メルヴィンが帰って来たのは、夜も遅くなってからだった。
初めて会った日と同じ、死んだ魚のようにうろんな目で帰宅したメルヴィンは、ルビーの横を通り過ぎ、部屋に籠もって扉を閉めてしまった。
銃を使ってきた後らしく、すれ違った時、軍服からは血の匂いがした。
この二ヶ月で、普段の彼はそれほど無気力でもないと知った。陽気とは程遠いが、ごく普通の青年だ。
それでも時おり、あの眼をして帰宅することがあった。
大抵は今みたいに血の匂いをさせており、そんな時はいつも食事もとらず、翌朝になってから憔悴しきった顔で出てくる。
あの銃は身体に悪いのかとウォーレンたちに尋ねたが、首を振られた。何か知っているらしい夫婦は、そっとしてやってくれと言うばかりだ。
心配になって軽食をつくり、部屋の扉を叩いた。
「――なんだ?」
唸り声のような低い返事が聞え、そっと扉をあける。
灯りもつけていない部屋で、メルヴィンは軍服のまま、寝台に腰掛けているのが見えた。
「お夜食を作ったのですが……」
返答はなく、虚ろで無気力な視線はルビーの方を向いてはいたが、何も見ていないように思えた。
窓から月光がわずかに差し込み、真っ青な顔色を照らす。
「だ、大丈夫ですか!?もし薬やお医者様が必要なら……っ!?」
熱を計ろうと伸ばした手は、凄まじい勢いで振り払われた。
「はぁ……っはぁ……っ」
メルヴィンはびっしょり汗を浮かべ、藍色の瞳は亡霊でも見たように見開かれてる。
もう片手で、魔晶石の銃を握りしめていた。
「はぁ……っ……ルビーか……」
銃をホルダーに戻し、メルヴィンは大きく息を吐く。
「は、はい」
なんとか頷くと、今度は大きな手に、逆に引き寄せられた。抗う間もなく抱き締められる。
「あ、あの……メルヴィンさま?」
正直に言えば、最初の夜にメルヴィンへ寝室に連れて行かれた時、やっぱり玩具にされるんだと思った。
身体を重ねるのに、必ずしも心が伴う必要は無い。種の存続目的、性欲を満たす目的、相手を満たし利益を得る目的……理由ならいくらでもある。
けれどメルヴィンは、命令で身体を貪ろうとはしなかった。抱き締め、ルビーの不安を溶かしてくれただけだった。
彼への不信感がすっかり消えたのは、あの時だった。
翌朝、昨日は酔っ払っていたと気まずそうに謝り、あれからそんな事はない。
まだ僅かに血臭のする埃っぽい軍服を通して、激しく脈打っている心音が聞える。
自分の心音も、同じくらい早く鼓動しているのがわかる。
「ルビー……俺の傍に……」
メルヴィンの腕に力が籠もり、荒い呼吸の間から苦しげな声が絞り出された。
「……っ!すぐ出て行ってくれ!」
だが、急に何かを思い出したように、メルヴィンはルビーを突き放す。
(……屍ニ……)
不意に、耳元で冷たい声が聞えたような気がした。
「え!?」
振り返ったが、部屋にはルビーとメルヴィン以外は誰もいない。
綺麗に掃除された気持ちの良い部屋のはずが、暗闇のせいか冷え冷えと澱んだ空気に見えた。
「頼む……命令だ!部屋から出てけ!!」
殆ど悲鳴のように聞えたメルヴィンの叫びに、ルビーは慌てて部屋から走り出る。
持ち主不明の、ぞっとする冷気を帯びた声が、かすかに背後から届いた。
(永遠ニ立チツクス、屍ニナレバ……)
翌朝。メルヴィンはやはり憔悴していたが、何も無かったように部屋から出てきた。
あの不気味な声の事を、ウォーレンたちに言うべきか迷ったが、ビクビクしながら覗いた部屋は、いつもの明るく心地よい寝室。
メルヴィンは替えの軍服を着てさっさと詰め所に行ってしまい、何も聞けなかった。
そしてしばらく何事もない日々が過ぎ、また死人のような目でメルヴィンが帰宅した夜。
ルビーが声をかけても返事は無く、扉にも硬く鍵が閉められていた。