溺愛老夫婦-3
―――真夜中、メルヴィンは庭へヨロヨロと酔い醒ましに出る。
(あ、相変わらず、ザルどころじゃねぇ……。ありゃただの枠だ……)
正直言って酒が苦手なメルヴィンに引き換え、少なくとも三倍は飲んでいたウォーレンは、顔色一つ変えずに自室へ引き揚げていった。
「……ん?」
白いヒラヒラした影が、夜風になびいていた。
黒豹の耳についたハート型のタグが、月光を小さく反射した。
「あっ!メルヴィンさま」
庭木に寄りかかっていたルビーが振り向く。
フランシスカの店で受け取った袋に、今着ている白いナイトドレスも入っていたらしい。
「夜中にどうしたんだ?」
「あの……急に目が覚めて、そうしたらなんだか……」
ルビーは落ち着かない様子で目をさ迷わせる。
急に、今まで警戒していた人間の家で暮らすことになったのだ。一息ついた途端に不安が込み上げて、当然だろう。
覚えのある感覚に、メルヴィンは小さく笑う。
ルビーの両脇へ手を差し入れ、子どものように抱き上げた。
「メ、メルヴィンさまっ!?」
「一人で不安なら、俺と一緒に寝ろ」
――あぁ、くそ。酔ってるなぁ。
「あ・あ・ああの、命令、ですか?」
「命令だ」
軽すぎる身体を抱えたまま、自室のベッドに倒れこんだ。
目を瞑り、そのまますぐにでも眠ってしまいそうだったが……
「……はい。かしこまりました」
小さな声で呟き、ルビーは身をよじって腕から這い出す。
そしてなぜか、ベッドの下へ潜りこんでいく。
「ん?」
目をあけた瞬間、固まった。
メルヴィンの足の間に、小さな身体がチョコンと埋まりこんでいた。
まだ包帯の痛々しい両手が、股間に伸ばされそうになるのを、あわてて押しとどめる。
「ま、待て!念のため聞くが、何するつもりだ」
ビクッ!とルビーが身体を震わせた。赤い瞳がキョトキョト動く。
「あの……そういう命令かと……」
「は?」
ルビーの勘違いがわかり、自分の顔が引きつるのを感じた。
考えてみれば、獣人相手では孕ませる心配がないからと、メイドや小間使いの獣人に手を出す主人はよくいる。
こんな風に寝台に引きずり込めば、そういう意味に取られてもしかたない。
「そうじゃない。……俺もガキの頃は一人で寝るのが怖くて、家族と一緒に寝てもらってたからな」
酔っているからこそ話せるのだが、恥ずかしい過去の暴露に、火照った頬がさらに熱くなる。
生まれ持った勘のせいか、子ども時代を過ごした領地の古い城で、亡霊をよく見た。
成長するにつれ、彼らは何もしないとわかったし、見ないようにするコツも身につけたが、幼い頃は、自分だけに見える存在が恐ろしくて仕方なかった。
夜が怖くて、両親や兄たちにウォーレンやタバサなど、日替わりで皆のベッドに入れてもらい、ようやく安眠を得られた。
「怖い?メルヴィンさまが……?」
ルビーが信じられないというように、大きな瞳を見開く。
「俺にもガキだった頃はある。だいたい、嫌がる女を抱いても楽しくないだろう」
溜め息まじりに告げると、ルビーがキッと表情を引き締めた。
「平気です!何でもすると約束しました!」
さっきまで豹というより臆病な子猫にしか見えなかった少女へ、メルヴィンは軽く目を見張る。
そしてすぐ可笑しくなって、笑い転げた。
「威勢がいいのは結構だが……こっちは正直だな」
虚勢を張る口調と裏腹に、ヘニョンと垂れて震えている獣耳をつまんだ。
猫耳より少し小さく丸みを帯びている豹耳は、外側がビロードのような短い毛並みに覆われ、とてもさわり心地がいい。
指先で薄い獣耳をの感触を楽しんでいると、ルビーがビクリと大きく身を震わせた。
「んっ!」
鼻に抜ける声は、意外なほど艶めいていて、思わずメルヴィンは手を離す。
「ほ……本当に平気です!!」
真っ赤になったルビーが、両耳をさっと手で隠し、涙目で見上げた。
潤んだ深紅の瞳に、息を飲む。
――やめてくれ、その上目使い。
幼い顔立ちに、骨と皮ばかりのゴツゴツした手足。色気とはほど遠いのに、妙な気分になってしまいそうだ。
「あー、わかったわかった。だからそう挑発するな。俺にも我慢の限界はあるぞ」
まだ少し強張っているルビーを抱き締め、目を瞑った。綺麗に洗われ艶をとりもどした黒髪から、ふわりと花の香料がただよう。
「それじゃ、遠慮せず抱くさ。また今度な……」
強烈な睡魔に襲われ、ほとんど眠りながら額に口づけ、そこで意識が途切れた。
そして朝、隣にルビーの姿はなく、メルヴィンは自分を撃ち殺したい衝動に駆られる。
(……まさか、本当に手は出してねぇよな?)
両手で頭を抱え、必死で思い出そうとするが、あの後から記憶がない。冷や汗が浮かぶ。
念のためシーツや衣服をチェックもしたが、どうやら大丈夫そうだ。
廊下から、タバサと楽しそうに話すルビーの声が聞え、ホッとする。
二日酔いの頭痛と自己嫌悪に顔をしかめながら、ゆっくりと扉をあけ廊下に出た。