溺愛老夫婦-1
「先ほど、ディオン隊長がいらっしゃいまして、お話を伺いました。彼女が新しい小間使いでしょうか」
狼獣人の黄色い瞳が、鋭くルビーを検分した。
深い皺の刻まれた顔はいかめしく、所々に白が混じる灰色の髪を、後ろにピシっと撫で付けている。
「ああ、タグを買うのに遅くなった」
「ルビーです。宜しくお願いします」
慌てて名乗るルビーに、狼獣人が白手袋をはめた手を差し出す。
「ウォーレンと申します。家内と共に、メルヴィンさまのお世話を致しております。解らない事は何でも聞いてください」
親しみのこもった丁寧な握手と、狼族特有の鋭い目元に、なんとなく婆さまを思い出し、ホッとした。
ウォーレンはメルヴィンから素早く荷物を奪い取り、前に立って歩き出す。
広い前庭を歩きながら、簡単な説明を受けた。
この家はイグレシアス家の別邸で、今住んでいるのは、メルヴィンと世話役のウォーレン夫婦だけ。
フランシスカは店舗兼自宅で暮らし、メルヴィンの両親と長兄は、遠いイグレシアス家の領地にいるらしい。
「俺も本当は、軍の宿舎に住んだほうが便利なんだが……」
ボソっと呟いた主人に、ウォーレンが牙をむき出す。
「とんでもない!これ以上メルヴィンさまの言葉遣いが悪くなられたら、私は大旦那さまに合わせる顔がございません!」
メルヴィンは気まずそうに頭をかく。
「……まぁ良いさ。宿舎暮らしじゃ、使用人を勝手に雇うわけにもいかなかったからな」
長身の軍人が、子どものように叱られている様子がおかしくて、ルビーは噴出すのを必死で堪えた。
重厚な玄関扉が開くと、魔晶石のシャンデリアが輝く広いホールで、やはり年配の獣人女性が待っていた。
清潔なエプロンと落ち着いた色調の衣服を身につけた、優しそうな婦人は、キツネ獣人だった。
「私の妻タバサです」
「……?」
思わず怪訝な顔をしてしまったルビーに、狼獣人は苦笑する。
「種族は違えど、私のつがいは家内しかいないと思った次第で。そもそもの出会いは……」
「やめとけって。その話は長いんだから、暇でしかたない時にしてやれよ」
メルヴィンはぶっきらぼうに言い、どんどん奥へ進む。
「まぁ、坊ちゃま!またそんな乱暴な言葉遣いを!」
「まったく嘆かわしい。士官学校の寮なんぞで三年も暮らしたせいで、すっかり不良になってしまわれて……」
口やかましいが、主人へあからさまに愛情たっぷりな老夫婦が後を追い、ルビーも慌てて付いていく。
ブラシのような狼尻尾と、ふんわり艶やかなキツネ尻尾が、目の前をふりふり揺れている。
まるで異なる二本の尾を見ながら、複雑な思いが胸中に沸きあがった。
獣人は多数の種族に分かれるが、ある程度は近い種であれば混血もできる。
それでも獣人は、できるだけ同じ種族で子どもを作りたがるし、狼とキツネのような組み合わせでは、子どもが出来ない。獣人と人間の間でも無理だ。
しかし奴隷として繋がれる身では、種族も相性もぴったり合う相手を探すのは難しい。
だから一時期は、獣人の数が激減してしまったそうだ。
今では獣人の数を保つため、人間達の間では、同種族の獣人を集めて純血種を繁殖させる商売すらあるらしい。
(……ウォーレンさんたちは、どうして違う種族を選んだのかなぁ?)
長話とメルヴィンは言ったが、ぜひ聞いてみたくなった。
種の存続に絶対必要な子どもを授からぬと知っていて、それでも相手を選びたくなる何かがあったのだろうか?
――とっくに塞がっている傷痕が、ズキンズキンと衣服の下で痛んだ。