投稿小説が全て無料で読める書けるPiPi's World

今日もどこかで蝶は羽ばたく
【ファンタジー 官能小説】

今日もどこかで蝶は羽ばたくの最初へ 今日もどこかで蝶は羽ばたく 15 今日もどこかで蝶は羽ばたく 17 今日もどこかで蝶は羽ばたくの最後へ

溺愛老夫婦-1

「先ほど、ディオン隊長がいらっしゃいまして、お話を伺いました。彼女が新しい小間使いでしょうか」

 狼獣人の黄色い瞳が、鋭くルビーを検分した。
 深い皺の刻まれた顔はいかめしく、所々に白が混じる灰色の髪を、後ろにピシっと撫で付けている。

「ああ、タグを買うのに遅くなった」

「ルビーです。宜しくお願いします」

 慌てて名乗るルビーに、狼獣人が白手袋をはめた手を差し出す。

「ウォーレンと申します。家内と共に、メルヴィンさまのお世話を致しております。解らない事は何でも聞いてください」

 親しみのこもった丁寧な握手と、狼族特有の鋭い目元に、なんとなく婆さまを思い出し、ホッとした。
 ウォーレンはメルヴィンから素早く荷物を奪い取り、前に立って歩き出す。

 広い前庭を歩きながら、簡単な説明を受けた。
 この家はイグレシアス家の別邸で、今住んでいるのは、メルヴィンと世話役のウォーレン夫婦だけ。
 フランシスカは店舗兼自宅で暮らし、メルヴィンの両親と長兄は、遠いイグレシアス家の領地にいるらしい。

「俺も本当は、軍の宿舎に住んだほうが便利なんだが……」

 ボソっと呟いた主人に、ウォーレンが牙をむき出す。

「とんでもない!これ以上メルヴィンさまの言葉遣いが悪くなられたら、私は大旦那さまに合わせる顔がございません!」

 メルヴィンは気まずそうに頭をかく。

「……まぁ良いさ。宿舎暮らしじゃ、使用人を勝手に雇うわけにもいかなかったからな」

 長身の軍人が、子どものように叱られている様子がおかしくて、ルビーは噴出すのを必死で堪えた。


 重厚な玄関扉が開くと、魔晶石のシャンデリアが輝く広いホールで、やはり年配の獣人女性が待っていた。
 清潔なエプロンと落ち着いた色調の衣服を身につけた、優しそうな婦人は、キツネ獣人だった。

「私の妻タバサです」

「……?」

 思わず怪訝な顔をしてしまったルビーに、狼獣人は苦笑する。

「種族は違えど、私のつがいは家内しかいないと思った次第で。そもそもの出会いは……」

「やめとけって。その話は長いんだから、暇でしかたない時にしてやれよ」

 メルヴィンはぶっきらぼうに言い、どんどん奥へ進む。

「まぁ、坊ちゃま!またそんな乱暴な言葉遣いを!」

「まったく嘆かわしい。士官学校の寮なんぞで三年も暮らしたせいで、すっかり不良になってしまわれて……」

 口やかましいが、主人へあからさまに愛情たっぷりな老夫婦が後を追い、ルビーも慌てて付いていく。
 ブラシのような狼尻尾と、ふんわり艶やかなキツネ尻尾が、目の前をふりふり揺れている。
 まるで異なる二本の尾を見ながら、複雑な思いが胸中に沸きあがった。

 獣人は多数の種族に分かれるが、ある程度は近い種であれば混血もできる。
 それでも獣人は、できるだけ同じ種族で子どもを作りたがるし、狼とキツネのような組み合わせでは、子どもが出来ない。獣人と人間の間でも無理だ。
 
 しかし奴隷として繋がれる身では、種族も相性もぴったり合う相手を探すのは難しい。
 だから一時期は、獣人の数が激減してしまったそうだ。

 今では獣人の数を保つため、人間達の間では、同種族の獣人を集めて純血種を繁殖させる商売すらあるらしい。

(……ウォーレンさんたちは、どうして違う種族を選んだのかなぁ?)

 長話とメルヴィンは言ったが、ぜひ聞いてみたくなった。
 種の存続に絶対必要な子どもを授からぬと知っていて、それでも相手を選びたくなる何かがあったのだろうか?
 ――とっくに塞がっている傷痕が、ズキンズキンと衣服の下で痛んだ。




今日もどこかで蝶は羽ばたくの最初へ 今日もどこかで蝶は羽ばたく 15 今日もどこかで蝶は羽ばたく 17 今日もどこかで蝶は羽ばたくの最後へ

名前変換フォーム

変換前の名前変換後の名前