美貌の兄上-4
最高潮のテンションで高笑いする姉(兄)を無視し、メルヴィンが尋ねた。
「どれが良い?」
「えっと……」
プレートなんてどれも同じだろうと思っていたから、完全に面食らってしまう。困ってしまい、メルヴィンを見上げた。
「メルヴィンさまは、どれが好きですか?」
「俺か?」
うろんな藍色の瞳を軽く見開き、メルヴィンは一通りタグを眺める。
「……そうだな、これはどうだ?」
大きな手がさしたのは、プラチナでできた、小さなハート型のタグだった。赤い雫型の石が一緒に付き、歩くと揺れるようになっている。
「あら、似合いそうじゃない。あんたも意外とセンスあったのね」
フランシスカが褒めているのか解らないセリフを投げ、タグを摘む。
「これで良いかしら?」
「はい、お願いします」
タグなんか一生つけたくないと思っていたのに、キラキラ輝くハートと赤い石は、とても魅力的に見える。フランシスカの言う通りだ。ピアスをわざわざ買う人間の気持ちが、わかるような気がした。
それに、メルヴィンが選んでくれたというのが、なぜかとても嬉しい。
手先の器用なリス獣人の店員が、極小のノミであっという間に洒落た飾り文字をプレート部分に掘り込む。
「すぐ済むからね」
タグ用の孔を開けるため、シェアラが耳を氷で冷やしてくれる。
(痛い思いなんて散々したんだから、耳に針を刺すぐらい、どうってことない……)
そう思っても、金属トレイに並んだ消毒薬や針を見ると、心臓がドキドキしてきた。耳と尻尾が拒否するように、勝手にピクピク動いてしまう。
「あ!動くと危ないわよ」
「う、うん……」
懸命に耳を抑えようとしたが、どうも上手くいかない。
「ルビー、ちょっと来い」
椅子に腰掛けたメルヴィンに手招きされ近寄ると、ひょいと膝に乗せられた。
「わ、わ……」
「ほら、動くな」
頭と背中をしっかり抑えられ、広い胸元に押し付けられた。
トクントクンと、軍服越しにメルヴィンの鼓動が伝わる。ぎゅっと目を瞑っていると、耳元でプツリと音がした。
「終わったぞ」
抱き締めていた手が離れていき、あわてて膝からおりて耳をそっと触ってみる。
硬い金属の感触が指に伝わった。
「傷口が固まるまで、消毒は朝晩してね」
フランシスカは念を押し、紙袋を二つくれた。着替えの衣服を詰め込んだ大きな袋と、消毒薬と例の薬草香油の瓶が入った小さな袋だ。
何度も礼を言い、ルビーはメルヴィンの後に続き店を出たが、ふと気付いた。
「荷物を持つのは、小間使いの仕事ではないでしょうか?」
「ちゃんと持ってるだろうが」
「いえ、でも……」
ルビーが持っているのは、小さな軽い紙袋だ。メルヴィンの大荷物とチラチラ見比べてしまう。大きな袋を肩に担ぎ、スタスタ歩きながら、ぶっきらぼうにメルヴィンが答える。
「そっちは割れ物だ。注意して運べ」
「あ……はい!」
繊細なガラス瓶の入った荷物を、慎重に抱えなおす。
そのまま無言で歩き続ける長身の後ろを、はぐれないようしっかり着いて歩く。
夜ふけでも帝都の大通りは賑やかだったが、飛びぬけて高い位置にある砂色の髪は、十分目立った。
少し歩いて角を曲がり、違う通りに入ると、嘘のように辺りは静かになった。
緑豊かな庭を持つ立派な屋敷が立ち並び、道の両脇には各家の柵塀が、どこまでも続いている。
やがてメルヴィンは重厚な屋敷の前で足をとめ、門に手をかけた。
しかし、どこからか猛然と飛び出してきた影が、さっと先に内から門を開く。
「お帰りなさいませ、メルヴィンさま」
黒い背広をきちんと着こなし、うやうやしく出迎えた男性は、年配の狼獣人だった。