美貌の兄上-2
「――ね、ね、どうしてメルヴィンさまに雇われることになったの?良い方だけど、獣人を自分から雇ったのは初めてよ」
ウサギ少女が、大きな目をキラキラさせながら尋ねる。
「あの、実は……」
地下に作られた大きな風呂場で、ルビーは問答無用で風呂につけられていた。
建物の上階全てと地下は、フランシスカや店員の居住スペースになっているそうだ。
桶や椅子が多数ある洗い場はとにかく広く、大理石のバスタブも、七〜八人がゆうに入れる大きさだ。美しいタイルの柄一枚とっても、主人の凝り性が伺え、魔晶石を取り付けたシャワーからは、適温のお湯が豊富に出る。
「お客さまを綺麗にするには、まず自分達が綺麗になりなさいと、フランシスカさまの意向なの」
スポンジを手に、キツネ少女が教えてくれる。
どうやらフランシスカとメルヴィンは、獣人少女たちにとても好かれているようだった。
キャアキャアはしゃぐ少女たちの声で、風呂場は大賑わいだ。
質問攻めにあいながら、ルビーはようやくメルヴィンとの契約を話し終わる。
「……う〜ん。悪いけど、ビースト・エデンは止めたほうが良いと思うな」
シェアラと名乗る真っ白い毛並みの猫少女が、言いにくそうに告げると、他の少女たちも顔を見合わせ頷きあった。
「危険なのは承知してるわ」
「そうじゃなくて、あんまりあそこに期待しないほうが良いかもって意味」
「獣人が奴隷にならなくていい、自由に暮らせる場所なのに?」
理解できず食い下がると、シェアラはさらに困ったような顔になった。
「あのね、フランシスカさまも、私たちにちゃんとお給料をくれるわ。貴女と同じように、雇われてるの。でも私は、お金を貯めてビースト・エデンに行こうとは思わない」
そういえば、メルヴィンがルビーを『飼う』でなく『雇う』と言っているのに、誰も怪訝な顔をしなかったのを思い出す。
もしやと思い尋ねた。
「帝都では、獣人は奴隷にされないの?」
「まさか。そりゃ獣人に優しい人間はいるけど、酷い人間もそれ以上にいるわ。手械の条例一つでもわかるでしょ?」
シェアラが首をふる。
「それじゃぁどうして……」
「ビースト・エデンが隔絶されて百五十年以上。
中が今どうなっているか、まったくわからないのよ。理想郷のままでいればいいけど、無事だったら、どうして中の獣人たちは、外で虐げられている仲間を放っておくの?」
思わぬ盲点を突かれ、ルビーは息を飲む。
永遠に変わらぬ楽天地と思い込んでいたが……そうだ、誰しも変わる。
認めたくないけれど、獣人だって、どんなに残酷にも変われるのだ。
「迷いの森は、必死で逃げ込んだ獣人さえも迷わせるらしいわ。
だから私たちを見捨てた同族より、私はフランシスカさまを選ぶの……ごめんね、余計なお世話かもしれないけど」
謝るシェアラに、首を振った。
「ううん。私の考えが甘いって、先に気付けて良かったわ。それに、もし変わっていたとしても、私は行く」
ビースト・エデンで自由を得るのが、婆さまの悲願であり、ルビーができるたった一つの恩返しだ。
「……」
シェアラの視線が、チラリと動いた。
ルビーの服を脱がせた時、痩せた体中に残る傷跡に、少女たちは一瞬息を飲んだ。あれがどんなものに付けられた傷か、だいたいわかるはずだ。
あんなにふりかかった質問が、古傷に触れるものは一つも無かった事に、ホッとした。
「そっか。だったら無事につけるよう、応援するわ」
ニッコリ微笑み、シェアラは美しいクリスタルの瓶を手にとった。蓋をあけるとほのかな花の香りが立ち昇る。
「それ、なぁに?」
「薬草の香油よ。獣人用に香りは抑えてあるから大丈夫」
シェアラは瓶を傾け、とろみのある透明な液体を自分の手に乗せた。他の皆も、香油を手に広げる。
「傷や肌荒れに、とっても効くんだから。さ、塗り塗りしましょうね〜」
香油のぬめりを帯びた沢山の手が、裸の全身にぬちゅんと張り付き、ルビーは飛び上がりそうになった。
「きゃぁっ!?」
骨の浮き出てゴツゴツした手足や、あるか無きかの胸、髪も尻尾も撫で繰りまわされる。同性とはいえ、いたたまれない。
「じ……自分で……」
くすぐったさに身もだえしつつ懇願したが、シェアラは満面の笑みで香油をさらに追加する。
「ダ〜メ。マッサージも兼ねてるんだから!この店に来て、綺麗になって帰らないなんて、許さないわよ♪」
「ふっ、ふにゅぅ〜!!!!!」