美貌の兄上-1
「――ここだ」
大きな通りを駆け抜け、大きな店前でようやくメルヴィンは止った。
黒と金で縁取られた瀟洒な看板には、ハートと蝶をモチーフにしたロゴが大きく描かれている。
ロゴの下に『ドレスショップ・ファルファラ』と金の飾り文字で記されていた。
扉のには『本日は閉店いたしました』と札が下がり、大きなガラス窓には全て、厚いカーテンが引かれている。
しかしメルヴィンは、ルビーを抱えたまま、さっさと扉を開いた。
チリンチリンと、扉の開閉にあわせ軽やかな鈴がなる。
「うわぁ……」
美しい衣服を吊るした棚がいくつも並び、天井にはクリスタルのシャンデリアが輝いている。
想像したこともないほど美しく洗練された店内に、感嘆の溜め息が出た。
メルヴィンの肩から下ろされたが、磨きぬかれた床を、自分の靴で汚すのが申し訳なく、爪先立ちになってしまった。
店内では、獣人の女の子が数人、せっせと掃除をしていた。
キツネやウサギにリスと、種族は様々だが、いずれも胸元に店のロゴを刺繍したワッペンをつけ、オシャレな洋服を着ている。
隅に置かれたダークブラウンの机で、妙齢の美女が帳簿をつけており、彼女だけが人間だった。
「メルヴィンさま!」
獣人少女たちが目を丸くする中、美女も軽い驚きの表情を浮べた。
「あっらぁ?珍しいわね。どうしたの?」
「今日から俺の小間使いになったルビーだ。コイツのタグを買いに来た」
メルヴィンがルビーを前に押しやると、美女は目を丸くした。
「へぇ!?なんでまた急に?」
興味しんしんな美女の視線から、メルヴィンは嫌そうに顔を背けた。
「いいからタグを見せてくれ。初めてだから、穴あけも必要だ。それから服を何着か見繕って欲しい」
「ちょっとぉ!閉店後に駆け込んどいて、ささやかな好奇心も満足させてくれないの?」
「どうせ後で聞きだすんだから、今でなくとも良いだろう」
「あ〜ぁ、可愛げのない弟だこと」
砂色の長い巻き髪を揺らし、美女が立ち上がる。靴の高い踵分を差し引いても、とても背が高い女性だった。
こげ茶色の上品なドレスを着こなし、入念な化粧を施した顔にその長身が加わって、非常に迫力がある。
完璧に気圧されたルビーの後ろで、メルヴィンが咳払いした。
「紹介する。この店のオーナーで、俺の兄貴ゴドフリード……」
「魂の性別と名前で呼べって、言ってんでしょ!」
一瞬だけ太い男声で吼え、ピンヒールを履いた足で飛んできた美女は、メルヴィンをドついた。
「!!!???」
目の前の展開に反応しきれず、硬直したルビーに、美貌のお兄様は何事もなかったかのように、上品に微笑む。
「メルヴィンの姉フランシスカよ。宜しくね」
「なんで、これだけ避けられないんだかなぁ……」
メルヴィンはぼやきながら、後頭部をさすっている。
「は、はじめまして……よろしくお願いいたします」
慌ててお辞儀したルビーを、フランシスカは上から下までじっくり眺め回す。
「ふぅーん。まずはちょっと綺麗にした方がいいわねぇ」
「あ……」
ボロボロの衣服を、慌てて両手で隠した。
何日も洗ってない髪はごわごわで、体中が汚れきっている。辺境でもこんな酷い姿は笑いものになるだろう。
反して、店の獣人少女たちは、どの子も輝くように美しい。尻尾や髪もツヤツヤで、彼女たちと比べると恥ずかしくなる。
しかしフランシスカは軽蔑するようでもなく、ポンポンと両手を叩いた。
「さ、この子をお風呂に入れながら、色々聞き出しちゃって!」
「「「「はぁ〜い♪」」」」
店員たちが、わっとルビーに駆け寄り、店の奥へ引き摺っていく。
「えっ!?あの……っ!?」
「おい、ゴド……フランシスカ!」
「うちの子たちに任せとけば大丈夫よ。それともアンタ、まさか女子風呂を覗く気?」
「んな事するか、イテテっ!」
「ホラホラ。そこの椅子にでも座って待ちなさい」
メルヴィンが耳を引っ張られ、店内の応接セットへ引き摺られていくのが、かすかに見えた。