堅物門番-2
「それに、遅くなったのには、ちゃんと理由があります」
私はどこか、おかしくなってしまったのかもしれないと、ルビーは思う。
臆病で無力で、強い者に媚びて命を繋ぐのが精一杯だった。非力な身にはそれが賢いやり方だと自分を、納得させていたのに……。
今日は、あれほど恐ろしかった帝国兵に、口答えしてばかりだ。
門番は帳簿を持ったまま、冷ややかにルビーを眺め降ろす。
「貴女は部外者です。なぜ軍の内情に口出しするのです?」
「私は見ていたからです。帰りが遅くなったのは、殺された村人たちのお墓を造ったからでした」
「埋葬は遊撃隊の業務ではありません。被害報告書だけなら、間に合う時間に帰還できたはずです。軍規より私情を優先させるのは、感心しませんね」
「で、でも、あの村は帝国の一部で、村人は帝国民でしょう?」
眼鏡の奥で光る冷たい視線が怖かったけれど、訴えずにいられなかった。
「義務じゃなくても、大事な人の遺体を、野ざらしになんて出来ません。魂が入って無くても、最後くらい……その人を守りたければ……」
包帯を巻いた指先が震える。
婆さまは、自分が死んだら遺体は放っておけと言った。
旅に備えて余計な体力は使うな。死体は放っても文句を言わぬ。それより一歩でも余計に進めと言われた。
それは確かに、効率的で正しいやりかただろう。
でもルビーは苦労して婆さまの遺体を埋葬した。手は傷だらけになり、爪も剥がれた。そうしなければ、先には進めなかった。
懸命に固い地面を掘る隊員たちが、小石を拾って何十往復もした自分に重なった。
メルヴィンが手当てしてくれた両手を握り、勇気を振りしぼる。
敵から憎まれるより、同胞から蔑まれるのは、何百倍も悔しいと知っている!
「帝国の人を守るのが規則なら、この人たちはその規則を守ったんです!頑張った仲間を、ちゃんと認めてください!!」
ハッときづくと、門番も遊撃隊員も黙りこくっていた。
「ご、ごめんなさい」
身をすくめたルビーを見下ろし、門番は溜め息をついた。
「なるほど。民を守ったのであれば、帰還の遅れは妥当となります」
黒いペンで×を一つ消した門番を、拍子抜けして、ルビーは見上げる。
「ありがとうございます……」
「部外者の貴女が、礼を言う必要はありません。それに、枷は別問題です。手を出してください」
「はい」
改めて差し出そうとした手を、馬から飛び降りたメルヴィンが掴んだ。
「なぁ、タグ無しで歩かなきゃいいんだな?」
「念のため申し上げますが、馬に乗っていても駄目ですよ」
「知ってるさ」
唐突に、ルビーの身体がふわりと浮いた。
メルヴィンはルビーを抱えあげ、そのまま荷物のように肩に担ぐ。
「え!?」
「隊長、すいませんが後をお願いします」
「まかせとけ。ルビー嬢ちゃんのおかげで、まだ一回セーフだ」
メルヴィンの考えがわかったとばかりに、隊長がニヤリと笑い親指を立てた。
「歩いても馬に乗ってもいないぞ。コイツはこのまま店まで運ぶ」
淡々と吐かれたセリフに、門番だけでなくルビーも驚愕する。
「はぁ!?違反に決まっているでしょう!メルヴィン!!貴方は昔から……」
顔を引きつらせて門番が叫ぶ。押し留めようと手を伸ばすが、ブーツの魔晶石が光る方が先だった。
門番の手をかわし、メルヴィンは意外なほど大声で怒鳴る。……ほんの少し、陽気そうな声で。
「士官学校ん時から、お前も変わらねぇな、堅物サイラス!!」
門を飛び出し、石畳の道を魔法のブーツが獣の速度で走る。
「きゃあああ!!??」
「半獣の時と同じくらいだろ。我慢しろ」
「で、でもっ!!」
自分で走るのと、抱えられているのでは全然違う。
後ろ向きになっているし、おまけに長身の肩に担ぎあげられているせいで、地面との距離が非常に遠い。
帝都の町並みが、飛ぶように過ぎていく。
夜だというのに、無数の窓から漏れる明かりや外灯で、信じられないほど明るい。
背の高い石造りの建物がひしめき合い、遅い時間にもかかわらず、どこを見ても人・人・人。
雑踏を駆け抜けるメルヴィンを、驚いた顔の人間達が振り返る。獣人もたくさんいた。
どうして誰にもぶつからないか、本当に不思議だ。
「……ルビー。隊を代表して礼を言う」
「え!?」
耳元でごうごう鳴る風の音に邪魔され、メルヴィンの言葉はよく聞き取れなかった。