堅物門番-1
村の惨劇調査と埋葬を終え、遊撃隊は帝都まで騎馬を走らせ帰路についた。
ルビーはメルヴィンの後ろに乗り、言われた通りにしっかりしがみつく。
隠れる必要がなければ、街道を半獣になって走れると言ったのに、これも命令だと言われた。
今まで住んでいた辺境では、獣人が馬や馬車に乗るなど許されなかった。せいぜい手綱をとるか、縛られて連行される時くらいだ。
とても怖そうに見えた隊長や兵士たちは、ときおりニカニカ笑いながら、面白そうにこちらを眺めている。
メルヴィンは無表情に戻っていたが、モスグリーンの軍服から感じる背中の体温は、それほど冷たく感じなかった。婆さまにくっついて眠った温度を思い出し、掴まる手に自然と力がこもる。
日の沈み始めた赤い荒野の街道を、騎馬の一団は駆け抜けていく。
整備された街道は、荒野よりよほど走りやすいとはいえ、帝都までの距離は意外とあった。しかも鍛えられた軍馬は体力もあり、普通の馬よりよほど速い。乗れと命令されたわけだ。
疲労しきったルビーが半獣になったところで、途中で脱落してしまっただろう。
沈みそうな太陽の中、巨大な城壁が見えてきた。
帝国の本拠地たる帝都は、南を海に面した広大な要塞都市だ。都市の中心には太い川が流れており、赤の大陸で数少ない、水が豊富に使える都市だという。
そのため、大昔から各国がこの地を奪い合い、激戦の末に今の帝国がもぎとった。
オレンジがかった薄闇にそびえたつ堅牢な城門は、赤い巨人のように見えた。
騎馬はずいぶんと頑張ったのに、門にたどり着いたのは陽が沈んだ直後で、城門はちょうど閉ざされてしまった。
「チクショウ、間に合わなかったな」
馬を門に進ませ、隊長が額の汗を拭う。
道中で聞いたが、普通の旅人が城門を通れるのは日中のみ。ただし軍の正規部隊なら、日暮れ後でも門番に通して貰える。ただ、あまり良い顔はされないらしい。
隊長が門番と何か話し、特別通用門をあけてもらった。
一騎ずつ順調に門を通るが、メルヴィンが通ろうとした時、眼鏡をかけた若い門番が鋭く呼び止めた。
「メルヴィン・イグレシアス副長。お待ちを!」
神経質そうな門番は、ルビーをジロジロ眺める。
「その獣人は?タグがついていないようですが」
「こいつは今まで荒野で暮らしてたんだ。タグは無くて当然だろ」
「規則をお忘れですか?タグの無い獣人に、帝都を歩かせてはいけません」
「そんな規則があるんですか……?」
門番に聞えないよう、ヒソヒソと尋ねた。
辺境でも獣人のタグは常識だったが、義務ではなかった。
「ああ。数年前に決まった条例だ。なるべくマシなタグを選ばせてやるから、我慢してくれ」
「はい……」
頷くと、大きな手でポンポンと頭を軽く撫でられた。
あまり気は進まなかったが、どのみち半年間はここで働くのだ。タグをつけないわけにもいかないだろう。
宥めるようにルビーを撫で、メルヴィンは面倒くさそうに門番を見下ろす。
「タグならすぐ買いに行く」
しかし、門番も頑として食い下がった。
「タグが無いのなら、手枷をつけるか檻に入れてください。そういう規則です」
門の脇にかけてある重そうな金属製の枷を、門番が示した。
左右の手首を一箇所に固める仕組みで、いかにも痛そうだ。
「さっすが、規則大好き門番長。手械が嫌なら、無人の荒野でタグを買ってこいってさ!」
後ろに並んでいた遊撃隊の隊員たちが、皮肉のこもった抗議をはじめた。
「つーか、帝都民に危険を及ばせないため、の規則でしょ。こんな女の子が危険ですかぁ?」
「規則は規則。例外を作れば、キリがありませんよ。帝国の民を守るため、規則は何より重要視されるはずです」
険悪に睨み合う隊員たちとの間で、今にも火花が散り出しそうだ。
「ちなみに第五遊撃隊は、帰還の不当な遅れが本日で九回目。これに条例違反まで加われば、全員が懲罰対象となります」
眼鏡をくいと直し、門番は赤インクで×をいっぱいつけた帳簿を見せる。
「いい加減にしてくださいよ。いつも俺たちを目の敵にして」
「後から出た二番隊は、とっくに山賊を連れ帰っていますよ。まったく規則違反の常習部隊など、軍の厄介者……」
「あのっ!手枷を付けます!」
メルヴィンの後ろから飛び降り、ルビーは両手を差し出す。
枷をかけられた経験のある獣人は、そろってあれは最悪だと言っていた。
だがメルヴィン達は少なくとも、つけさせないよう努力してくれた。
それだけで十分だ。