厄介者部隊-2
「……ルビーは俺に引き取らせてくれませんか?」
スコップによりかかり、煙草をふかそうとしていた隊長の手から、マッチがすべり落ちた。つづいて、あんぐり開いた口から煙草も落ちる。
「メルヴィン、お前……」
隊長は太い眉をひそめ、ゴクリと唾を飲み込んだ。
「本当に幼女趣味だったのか?」
「はぁ!?なんでそうなるんです!」
「ファビアンから、お前があの子に自分の指吸わせて、嬉しそうにニヤついてたって聞いた時は、まさかと思ったんだが……」
「っ!!あ、あれは違います!」
見る見るうちに、メルヴィンの顔が真っ赤になった。
気絶したルビーをベッドに寝かした後、あんまり小汚ないから、顔や手足を拭いた。意外と可愛い顔してるなぁ、とは思った。
グーグー鳴る腹の音が煩いから、隊員の一人に食事を持って来てくれと頼み、スープに浸したパンを寝てる口元に押し付けてみた。
そうしたらルビーは、なんと眠ったまま食べ出した。
小動物が母親から餌をもらうように、無くなるとチュウチュウ指に吸い付く。
――なんだ、この可愛い生物。
キュウっと心臓を締め付けられるような衝撃がした。それは認める。
動揺を誤魔化そうと、起きたルビーにことさら無愛想だったのも認める。
「いかんぞ〜。せめて、もうちょっと大きくなってから……」
「あ、あれでもアイツは十八……って、いやそうじゃなくて、俺はただ……」
「へ〜。副長って、女に興味ないと思ってたけどなぁ」
興味シンシンで耳を済ませていた隊員たちが集まってくる。
「俺も俺も!」
遊撃隊の面々は、こういう話題にすぐさま飛びつく。好き勝手な事を口々に言い始めた。
「どう見ても、女の機嫌とれる柄じゃねぇし」
「据え膳されても、手ぇだすかは五分五分だな」
「イイトコ坊ちゃんでツラもまぁまぁなのに、もったいねーよなぁ」
「せいぜい、溜まったら娼館に行くくらいだろ」
「ああ、いわゆる素人どうt……」
「〜っ!!さ、さっさと持ち場に戻りやがれっ!!」
二丁拳銃の魔晶石が、天に向けてエネルギー弾を撃つ。蜘蛛の子を散らすように隊員たちは散った。
「とにかく、ルビーを引き取らせてもらえますか?」
面白そうにニヤニヤしている隊長へ、改めて頼んだ。
「勝手は承知ですが、俺の所で小間使いとして勤めるよう、もう彼女の承諾は得ています」
「そうか。それなら構わねぇよ」
隊長は新しい煙草を取り出し、火をつけた。美味そうに煙を吸い、ゆっくり吐き出す。
「お前が獣人に酷ぇ扱いするなんて、思っちゃいねぇしな」
「……」
無言で頭を下げ、メルヴィンもスコップを取り、硬い土に突き立てる。
ルビーにあんな申し出をさせたのは、結局はメルヴィンの抱える罪悪感だ。
帝国各地には、貴族から寄進された立派な教会が多数ある。
他国への侵略戦争で、住民の虐殺などをした貴族は、教会を立て神へ奉仕すれば、己の行いが帳消しになると思っているらしい。
実際の被害者には、何の救いにもならなくとも、自分は贖罪をしたと気が晴れるのだろう。
――だから、これも贖罪だ。
この身に流れる血の……イグレシアスの先祖が、獣人という種に犯した罪への、ぎこちない不完全な贖罪だ。
ルビー一人の願いをかなえたところで、獣人の運命が救われるわけではないのに。