厄介者部隊-1
ルビーに部屋から出ないよう言い、メルヴィンは外へ出た。
第五遊撃隊のメンバーは、村人の墓穴をせっせと掘っていた。
一晩も放置しておけば、この暑さで腐敗し、ハゲタカの餌になってしまう。
縛り上げた山賊たちを、遅れてきた他の部隊が引き連れていくのが見えた。
山賊を捕らえたのは彼らという事になり、メルヴィンたちは村人の救出に間に合わなかった事だけを非難されるだろう。
今更気にしない。だいたいいつも、こんな感じだ。
「隊長、ルビーが……あの獣人少女が起きました」
上着を脱いで袖まくりし、スコップで土を掘っている隊長に声をかける。
二十人の隊員は男ばかりだが、外見は多様だ。メルヴィンのように肌が白い者もいれば、隊長のように褐色だったり、黒かったり黄色味を帯びていたりもする。髪や目の色も様々だ。
これは遊撃隊に限らず、帝国ではありふれた光景だった。
帝都に暮らす民族は100を越え、まさに人種の坩堝だ。混血児も多い。
帝国がその歴史の中で、多数の国を喰らい飲み込んできた結果だった。
「ルビー?へぇ。かわいい名前じゃねぇか。で、何か聞けたか?」
「いえ。あれは野生で、たまたまこの付近で掴まったそうです。自分の旅団も、もう無いと言っていました」
「ふぅむ、それじゃ受け入れ先を探すか」
作業の手を止めた隊長が、額の汗を拭う。
野生の獣人は、見つけしだい捕獲するのが規則だ。その獣人は捕獲者のものになるが、たいていの軍人は上層部へ献上する。暗黙の了解というヤツだ。
献上された獣人の行方は不明だが、上層部のメンツを考えれば、あまり楽観的になれないだろう。
しかしディオン隊長は『暗黙の了解』を、鼻で笑って蹴飛ばす。
獣人が逃げたいなら逃がしてやる事さえあるし、荒野で生きるのが困難なら、できるだけ良い飼い主を見つける。
そういう人だから、上層部から厄介がられるのだ。
「確かコルテス家が、お手伝いさんをもう一人欲しがってたな。聞いてみるか」
「それですが、隊長……」
一瞬、メルヴィンは言いかけてためらった。
その家なら知っている。家族も使用人も、気のいい者ばかりだ。
いつも通り、隊長に任せれば万事うまく行くはずだ。
特に今回は、その方が良いと目に見えている。
いくら金や特状があっても、嵐で船が難破したり、海賊に襲われる危険もある。
おまけにビースト・エデンへ最後の難関は、周囲を覆う迷いの森だ。
呪いをかけられた森に入ったが最後、人間は死ぬまでさまよい続ける。
勘が鋭い獣人のみが抜けられるそうだが、それも確率は低いらしい。
そんな危険な賭けに出るより、帝都で気の合う主人と暮らすほうが幸せだと、知り合いの獣人すら言うほどだ。
(なんで、あんな事を……俺の主義は……)
――現状維持。
やりたくもない軍人なんかやって、大嫌いな血を見るのも我慢しているのは、何も変えたくないからだ。
ただ同じ毎日を生き、それ以上に良くも悪くもしない。
帝国で自治領を持つ貴族は、一族から常に誰かを軍に置くのを義務付けられていた。一種の人質だ。イグレシアス家も例外でない。
長兄は家督を継がなくてはならないし、次兄に軍人は無理だ。
仕方なく叔父の引退を機に士官学校へ入った。
血は大嫌いだが、皮肉にも、昔から武芸は兄弟の中で一番優秀だった。
そして今では、すっかり軍人や犯罪者の間で有名人になり、妙なあだ名までつけられてしまった。
そもそもは、魔晶石のブーツがきっかけだ。
ある日。入隊したばかりのメルヴィンに、ブーツを履いて的を撃ってみろと先輩騎士が命令した。
対獣人用に開発されたブーツだが、人間の反応速度には限界がある。
被験者は皆、周囲にぶつかって自滅したり、銃を撃ってもあさっての方向だったりと、使いこなせる者はおらず、新兵をからかう道具にされていた。
しかし周囲の予想に反し、メルヴィンは高速移動をしながら、小さな的を全て正確に撃ち抜いた。
上層部に呼び出され、どうして使いこなせたか、散々問い詰められたが、答えは 『勘』 の一言。
メルヴィンは幼い頃から非常に勘が鋭かった。急な来客を予感し、精霊や幽霊もよく見た。
身に危険が迫れば、自然と身体が動いて回避できた。
もちろん運動神経も良いほうだったが、人間の限界を越えた速度の中、正確に銃を当てられるのは、言葉で上手く言い表せない本能的な感覚だ。
真実を話したのに、信じてはもらえなかった。
ふざけているのかと怒鳴られ、それでも答えを変えなかったら、反抗的と第五遊撃隊に左遷されたわけだ。
だが、特に出世したいわけでもないし、ずっと厄介者扱いでもかまわない。
何よりこの部隊の連中は、メルヴィンの言う事を信じてくれた。
何か秘密の道具を使っているのではなく、ただ単にできるのだと理解し、その能力を信頼して共に戦ってくれる。
隊長も……悪人ツラに似合わず、時に鬱陶しいほど面倒見が良すぎるオッサンも、尊敬している。
だからメルヴィンも、正直に頼むことにした。