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今日もどこかで蝶は羽ばたく
【ファンタジー 官能小説】

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無気力ジェノサイダー-4

 期待しかける心を押し殺し、慎重に尋ねた。上手い話には裏があるとも、婆さまから耳にタコが出るほど聞かされている。

「何でもは、何でもだ」

 意地の悪い、曖昧な答えが返された。

「さっきの威勢はどうした?やっぱり諦めるなら、聞かなかった事にしてやるぞ」

「も、もしかして……拷問とか?生皮を少しづつ剥いだり、何日も逆さづりにしたり、頭だけだして生き埋め……」

 思いついた最悪のパターンをいくつかあげると、メルヴィンは口元を押さえて顔を歪めた。

「勘弁してくれ、こっちが吐きそうだ」

 本気で気分が悪くなったらしく、顔が青ざめている。

「あっ!ごめんなさい」

 思わぬ反応にうろたえ、とっさにテーブルから水の瓶をとって手渡す。
 人間に惨殺され野ざらしになった獣人の死体を何度も見たし、帝国兵は獣人に残虐な拷問を喜んでやると聞いていたのに……。

「ふぅ……」

 水を飲んで口元を拭い、残虐なはずの帝国兵は溜め息をつく。

「いくら軍人やってるってもな、できれば血なんぞ見たくねぇよ」

「そうなの……?」

 意外だったが、考えて見れば獣人にも色んな性格の者がいるのだから、人間だって皆が同じわけではないだろう。
 特に目の前の「無気力ジェノサイダー」は、人間の間でも有名な変わり者のようだし。

「でも、どうして初めて会った私のために、そこまでしてくれるの?」

 いくら人間社会に疎いルビーでも、半年間で金貨百枚の報酬なんて、信じられない破格だとわかる。 
 疑わしげな視線を向けると、メルヴィンはちょっと妙な笑い方をした。

「お前のためじゃない」 

 口端だけを吊り上げた笑みは、なんだか彼自身をせせら笑っているように見える。

「貴族のおぼっちゃんの気紛れだよ。そう言えば納得するか?」

ーーなるほど。
 これが噂に聞いた『慈善』というものか。
 住んでいた辺境では、そんな酔狂な人間はいなかったけど、帝都の貴族とは優雅なものらしい。

「それで、どうする?」

「……私を雇ってください。ルビーと申します」

 見下されているようで腹もたったし、怖くないかといえば嘘だったが、ルビーは頷いた。
 立ち上がり、ボロボロのスカートを少しつまんで身をかがめ、丁寧にお辞儀をする。

「へぇ?人間に飼われた経験はなかったんじゃないのか?」

「婆さまは若い頃、ある帝国貴族に飼われておりました。もし私が人間に捕われた時、少しでも役立つようにと、作法や言葉遣いを教えてくれたのです」

「そうか……なかなか抜け目のない婆さんだな」

 今のは良い意味だぞ、とメルヴィンは付け加えた。

「よし。お前は今から、俺の小間使いだ。なんなら契約書を書くが?」

 尋ねられ、首を振る。

「いいえ。その名にかけて誓っていただければ」

 人間は嘘つきが多いと、婆さまは言っていた。人間同士ですら騙しあう。だから契約書というものが必要らしい。
 でも、ルビーは騙しなどしない生粋の獣人で、行き先は獣人の聖地だ。

「いかにも獣人らしい返事だな。わかった、メルヴィン・イグレシアスの名にかけて誓う」

 相変わらず、無愛想で覇気の無い声だったが、藍色の目はほんの少し生気を取り戻し、真剣な色を帯びていた。

「半年後、お前がビースト・エデンに行けるよう、全力を尽くしてやる」

 口先だけの約束が人間に守られるか、非常に怪しいものだ。それでも、この妙な軍人を信じてみたくなった。
 そして半年後、胸を張って報酬を受け取れるよう、ルビーも全力を尽くすべきだ。

「それじゃ、ルビー。最初の命令だ」

 何をさせられるかと、ギクリとルビーは身をすくめる。
 不意に、メルヴィンが笑った。
 だけど今度は、さっきの小バカにしたようなものじゃない。曇り空からほんの少し晴れ間が覗いたような笑みだった。

「残りのメシを全部喰え。お前は痩せすぎだ」





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