無気力ジェノサイダー-3
残酷な帝国軍人は、さらに追い討ちをかけた。
「忠告するが、そんな無責任な婆さんの遺言は諦めろ。うちの隊長なら、酷い扱いは……」
「婆さまを侮辱しないで!!」
ベッドから飛び降り、メルヴィンに詰め寄った。
「楽に行けるなんて、婆さまだって思ってなかった!だから私が小さい頃、仲間の誘いを断って、旅団に残ったのよ!!でも、でも……!!」
頭に血が昇り、口元が戦慄く。
あの頃の婆さまは、まだ目を患う前で、そこらの雄よりもよっぽど強かった。
小さなルビーさえいなければ、婆さまは狂い始めた旅団に見切りをつけ、旧知の仲間たちと一緒に行けたかもしれない。
「あの時の仲間が、無事たどり着けたか解らないけど、どうせ失敗すると立ち止まった自分より偉いって……足手まといの私がいたからで、婆さまのせいじゃないのに!!!」
ルビーに何度も、すまないと謝っていた婆さまの声が蘇る。
お前がこんな目に会うなんて……旅団の獣人たちが、ここまで心を荒ませてしまうなど、思いたくもなかったと、見えなくなった目で泣いていた。
「私は絶対、ビースト・エデンに行く!」
怒鳴り散らした後、肩で息をしながら全身に震えが走った。
無言のまま、うろんな藍色の瞳がルビーを睨んでいる。
必死で歯を喰いしばったが、脚が崩れそうになる。ゆっくりと、メルヴィンが口を開いた。
「悪かった。さっきのは撤回する」
――聞き違いかと思った。
だが、メルヴィンは怒っているようでもなく、腕組みをし、何か考え込んでいる。
「……ざっと見積もって、金貨百枚ってとこだな」
「な、何が?」
「船賃、港からビースト・エデンまでの通行料、当面の生活費やもろもろを含めた旅費だ」
「そんなお金……」
手持ちの金を思い浮かべる。婆さまがこっそり貯めてくれた金だ。
銀貨1枚に銅貨が少し……金貨なんて見たことも無い。
途方にくれるルビーの額を、メルヴィンが突っついた。
「何でもするって言ったな?」
「え?」
「半年間、俺の言う事を何でも聞くなら、金貨百枚でお前を雇う」
「な!?」
パクパクと、口を開け閉めする。
「それから金以外に、適当な理由をつけた特状を書いてやる」
「特状?」
「普通なら、獣人を一人で船に乗せちゃくれないさ。だが、帝国貴族の身分ってのは便利でな。特状がありゃ、そういう事も可能だ」
「……貴族だったの?」
人間社会に疎いルビーでも、「貴族」というのがどういう存在かぐらいは知っている。婆さまは若い頃人間に飼われていたから、色々なことを教えてくれたのだ。
思わずメルヴィンをしげしげと眺めた。
口も悪いしガラも悪い。話に聞き想像していた「貴族」とは全く合わない。
「見えなくても、一応はな」
ルビーの考えを丸々読み取り、メルヴィンは話を戻す。
「あんまり使いたくないが、うちの名前を出せば、大概の無理は通る。一般客と同じ扱いで船に乗せてくれるし、検問所も通れるはずだ」
「何でも聞くって、何をすればいいの?」