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今日もどこかで蝶は羽ばたく
【ファンタジー 官能小説】

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無気力ジェノサイダー-1

 ものすごく美味しそうな食べ物が、ルビーの前に並んでいた。熱々のスープに、パン、乾し肉まであるなんて。
 涎が口に溢れ、空っぽの胃袋がギューギュー鳴る。

 ふわふわした気分の中、どこかでこれは夢だとわかっていた。こんな御馳走、本当にあるはずがない。
 人間から逃れ、山岳に隠れ住む獣人たちは、『旅団』と呼ばれる集団をつくり生活している。
住めるのは人間がこない土地ばかり。つまり獲物も少ない荒れ果てた地だ。それもずっと一箇所に留まるのは危険で、常に移動を余儀なくされる。

 ルビーは身体が小さく、獲物を満足に獲れなかったから、強い狩り手に分けて貰うしかなかったし、それすら他に獲れない子に、よくあげてしまった。
 いつも腹ぺこで、サボテンの棘を抜いては食べていた。この数日も口にしたのはそれだけだ。
 サボテンは青臭く苦いけど、空腹は最高の調味料というなら、ルビーはいつだってそれを携帯しているわけだ。

「んむ……」

 たとえ夢でも、漂う香りにうっとりしていたら、誰かが口の中へ、スープへ浸したパンを押し込んでくれた。
 まるで本物みたいに、塩とスパイスの効いたスープの味が、口腔へじゅわりと広がる。

「はふぅ〜……」

 幸せすぎる夢に、思わず深い溜め息が零れた。
 飲み込むと、またスープを含んだパンが貰える。小さく千切った乾し肉も、ちゃんと味がして、ゆっくりゆっくり味わった。

(――婆さま?)

 旅団の弱い者に、自分の獲物をわけてくれた婆さま。ルビーが飢え死にしなかったのも、婆さまがいたからだ。
 でも、そんな事をしていたから、婆さまの目は……。

「!!」

 ゾワリと走った衝撃に、ルビーは幸せな夢を無理やり終了させた。重い目をこじ開ける。

(婆さまのはずがない!!だって、だって……!!)

 視界に飛び込んできたのは、亡くなった婆さまでなく、モスグリーンの上着を着た青年。
 砂色の髪をした、あの帝国兵だ。
 二丁の銃で、獣人をためらいなく撃ち殺した悪魔が、悠然と椅子に腰掛けていた。

「ひっ!」

 跳ね起き後ずさると、背中がすぐ壁にぶつかった。

「おい、落ち着け」

 青年の低い声は、ルビーの恐怖を加速させただけだった。

 『踏み込んで、喉にくらい付け!!』

 頭の中に警告だけが鳴り響く。
 クラヴァットの巻かれた部分を目掛け、飛びかかった。
 跳躍しながら、全身をざわりと毛皮が覆い、犬歯は牙になり、手足の先が半獣のそれに変わる。

 いくらルビーが貧弱といえ、豹族のはしくれだ。不意をつけば人間よりはるかに素早く動ける。
 だが青年は座ったまま、ひょいと身をかわした。
 それだけでなく、ルビーの両手首を片手で掴み引っ張ったのだ。

「ふぎゃっ!?」

 ルビーの喉から情けない悲鳴があがる。
 そのまま青年の足に身体を素早く挟みこまれ、目前に銃口が突きつけられる。まるで、飛び掛るのを予測していたように無駄のない動きだった。
 背筋が凍りつき、足掻きさえとまって硬直する。

「俺は臆病でな。まだ死ぬのは御免だし、怪我もできればしたくねぇ。ヤバくなりゃ、相手が誰だろうと、コレを使わせてもらう」

 冷たく光る銃口と同じくらい、冷えて澱んだ声が降り注いだ。
 視線を上向けると、少し長い前髪の下で、藍色の眼光が鋭く光っている。

「大人しくするなら、こっちも手出しはしない」

「あ……ぅ……」

「わかったか?了解なら、半獣の姿を解け」

「う、うん……」

 全身をブルブル震わせながら頷き、耳と尾だけを残した普段の姿へと戻った。
 長身の青年と小柄なルビーでは、体格差も大人と子どもほどあるが、力の差もそれ以上だった。
 悔しくて、恐怖以外にも涙が滲む。

「よし」

 背中から重みが消え、ベッドに座らされる。
 いつの間にか縄が解かれていたことも、今まで柔らかいベッドで寝かされていた事も、ようやく気付いた。

 ここはどうやら、どこかの民家らしい。
 石レンガでつくられた古い室内には、質素な家具が一そろいあり、小さな窓から日光が差し込んでいる。窓の外では複数の声や物音がしたが、室内は二人だけだった。

 青年は銃をしまい、うろんな眼でルビーを眺めている。
 さっきの鋭い光は消え、まるで死んだ魚のような目だ。獣人二人を相手に、あれだけの神技を見せた同一人物とは思えない。

 年齢はおそらく、二十そこそこといったところか。よく見れば顔立ちも整っているほうだ。
 しかし、気力を根こそぎ失ったように澱んだ目が、全てを台無しにしている。

(あ、それで……)

 嫌な沈黙が満ちる中、少しづつ記憶が戻ってきた。
 帝国兵の隊長らしき男に、青年はメルヴィンと呼ばれていた。そしてもう一つ、『無気力ジェノサイダー』なんてヘンテコな名前も。
 今なら、これ以上ないほどピッタリだと頷ける。




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