野生のビースト-3
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メルヴィンは軍靴の魔晶石を使い、気絶した獣人の少女が、頭から地面にぶつかるのを、なんとか抱きとめた。両足は鉛に変わったように重く、ひどい倦怠感が身体を蝕む。
魔晶石の銃は、普通のフリントロック式銃より弾道のブレも少なく、面倒な弾込めも不要。
難点は、軍の特許品で民間人は入手困難なことと、弾丸として打ち出す分、ひどく体力を吸い取られる点だ。魔晶石のブーツも非常に体力を消耗する。
「こっちはいいから、その子をどっかで面倒見てろや。何しろ貴重な生き残りだ。落ち着いたら事情を聞け」
隊長が振り向き、声をかけた。
「いや、しかし……」
獣人の少女を抱えたまま、メルヴィンは反論する。
襲撃の伝令を聞き、急いで駆けつけたが、どうやら村人は皆殺しにあったらしい。
他の隊員たちは、山賊の逮捕や被害状況の確認をテキパキとこなしている。お世辞にも愉快とはいえない作業を皆が頑張る中、副長の自分が休むわけにはいかない。
「小っせぇが、一応は豹の獣人だ。起きた時にパニック起こして暴れたら、お前じゃなきゃヤバイだろ」
隊長が親指で、少女のダラリと垂れた尾を示した。
そう言われてしまえば、それ以上の反撃もできない。実のところ、隊長はメルヴィンを休ませるために、獣人少女を口実にしているのだろう。
「ほら、早く連れてって縄を解いてやれ」
さっさとしろとばかりに、隊長が手を振って追い払う仕草をする。
四十過ぎのディオン隊長は、とにかくがさつで口が悪い。おまけにとびきりの悪人面で、見た子どもがよく泣きだす。
一応は爵位もちの帝国貴族なのに、軍服を着てなければ、どっちが山賊かわからないだろう。
だがメルヴィンだって、他人をとやかく言えはしない。
そもそも第五遊撃隊は、扱いづらい厄介者を放り込む部隊なのだから。
「それじゃ、失礼します」
痩せ細った少女を抱きあげ、メルヴィンは立ち上がる。
驚くほど軽い身体をどこに寝かせるか少し迷った末、それほど荒らされていない民家の一室を借りた。 持ち主は村に転がっている死体のどれかだろう。死者には申し訳ないが、今は生者に必要なものだ。
縄を解かれても、獣人少女に起きる気配はまるでない。息はしているが、どうやら疲労困憊のようだ。
ボロボロの衣服に、切り傷やすり傷でいっぱいの汚れた手足が痛々しい。
「ん?タグが……」
耳にはタグを外した痕すらなく、首輪や枷の痕跡もないのに気付いた。村で飼われていた獣人かと思ったが、どうやら野生の獣人が捕まっていたらしい。
「ぅ……」
少女の眉が歪み、呻き声が漏れた。
「おい、大丈夫か?」
起きるかと思ったが、少女はまだ目を覚まさない。よほど疲れていたのだろう。閉じたままの瞼から、涙が一筋零れ落ちた。
(嫌なモン、見せちまったなぁ……)
袖口で頬をぬぐってやり、メルヴィンは傍らの椅子に腰掛けた。深く息を吐き出し、自分の両手がフルフル震えているのに気付く。
ついさっき撃った獣人の血色が、脳裏に蘇る。
一目でわかるほど重度の薬物中毒だった。ああなっては、もう治療は不可能だ。
獣人へ麻薬を使うことを、帝国法は禁止しているが、犯罪者が律儀に守るはずもない。
そして理不尽なことに、危険と見なされ即処刑されるのは、薬物を使われた獣人のほうだ。
彼らの助かる道はなかった。それでも……殺したのは、間違いなくこの手だ。
震える両腕で口元を覆い、吐き気を堪えた。両足はさらに重くなり、このまま椅子から永遠に立ち上がれないような気さえする。
「……現状維持、だ」
喰いしばった歯の間から呟く。
どれほど獣人へ罪悪感を持っていようと、それは胸の内にしまいこむべきものだ。
下手に何かを救おうとしても、撒き散らされる血の量だけが増えていくだけ。
だから無力な自分は、何もしないで罪悪感だけを抱え、ずっと立ち止まる。