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今日もどこかで蝶は羽ばたく
【ファンタジー 官能小説】

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野生のビースト-2

「帝国兵だ!」

 鋭い叫びが聞えたのは、その直後だった。
 村の東側には岩山がそびえ、ほぼ垂直の斜面に、狭い岩棚がいくつかある。その一つに、背の高い青年が立っていた。風下なので獣人たちにも気づかれなかったのだろう。
 モスグリーンの長い上着に、濃い灰色のズボン。首もとにはクラヴァットを巻いている。この大陸で、最も勢力を持つ帝国の軍服だ。
 軍帽から砂色の髪を覗かせている青年は、地面から十数メートルは高さのある岩棚で、無造作に足を踏み出した。

「うそっ!?」

 信じがたい光景に、ルビーは目を疑った。
 長身の体躯に似合わぬ身軽さで、青年は岩棚を次々と蹴り、軽々と飛び降りてくる。しかも速い。尋常でなく速すぎる。
 山賊たちが驚き武器を構える前に、青年軍人はすでに地面へ到着していた。青年が履いている軍靴に、小さな蒼く光る石が見え、ルビーはようやく仕掛けを知る。
 持ち主の体力と引き換えに、さまざまな魔法を使える魔晶石だ。

 緑と赤、どちらの大陸でも採れていた魔法の石を、獣人たちは火を起こしたりと、便利な生活用具にしか使わなかった。
 だが人間は、この大陸で大量に採れる鉄鉱石と共に、自分たちを強くする武器や武装品を作り上げた。銃や大砲は、その最たるものだ。
 そしてあの靴も、人間の作り出した武装品なのだろう。
 青年軍人は、両手に二丁の拳銃を持っていた。ルビーのよく見える目には、その銃にも魔晶石がついているのが、しっかり映った。
 目を剥いた山賊が、部下の獣人へ裏返った声で叫ぶ。

「殺せ!!」

 薬漬けになっていても、獣人の反応は山賊たちより早かった。
 飼い主に怒鳴られたときには、すでに半獣の姿へと変化しており、薄汚れた衣服から獣の毛皮と爪を持つ手足を覗かせ、軍人へ襲い掛かる。

 半獣になった獣人は二足でも歩けるが、四つ脚ならさらに速い。
 最も俊敏さを誇るのは豹族だが、狼もそれに負け劣らない。山賊に飼われている狼獣人も、身体の小さなルビーをあっさり捕まえたほどだ。
 狼獣人の牙を、軍人は素早く回避した。続けて熊獣人の太い腕も避ける。
 しかし、反撃の余裕まではないらしい。青年は銃を使おうとせず、ひたすら回避しているだけだ。

 これもルビーは話に聞いただけだが、素早く動き回る獣人に、接近戦で銃弾を当てるのは、非常に困難らしい。
 爪の届く範囲まで踏み込めば、人間よりはるかに高い身体能力を持つ獣人は、圧倒的に優位となる。
 だから、もし相手が一人だったら、逃げて後ろから撃たれるより、前に踏み込んで喉に喰らいつけと教わった。
 離れた場所から撃たずに、わざわざ自分から接近するなど、あきらかに愚かしい行動だ。

「あの靴に二丁拳銃……まさかと思ったが、人違いみたいだな」

 苦戦している青年を眺め、山賊たちは余裕を取り戻したようだ。

「狼と熊、どっちに殺されるか賭けねぇか?」

 そんな提案をする者まで出てきた。

「――んじゃ、うちの副長が仕留める方に、給料全部だ」

 不意に、後ろから野太い声がとどろく。

 弾かれたように山賊たちが振り向くと、青年と同じ帝国の軍装をした兵が十数人、いつの間にか長銃を構え、山賊を包囲していた。
 先頭は浅黒い肌をした迫力ある大男で、重そうな瞼のせいか、ひどく人相が悪い。
 山賊たちの視線は、獣人と戦っている青年など忘れ、包囲陣に固定された。なのにルビーは、青年軍人から目が離せなかった。
 すぐ近くで銃をつきつけている軍隊より、通りの向こうで他と戦っている青年が、はるかに胸をざわめかせる。奇妙な予感に鼓動が高鳴り、襟足の毛がチリリと逆立つ。

 蒼い閃光とともに、銃声がとどろいた。
一瞬の光景が、瞳にはっきり焼きついた。青年軍人は両手の銃を同時に撃ち、たった一瞬で二人の獣人を殺したのだ。
 額にポッカリ孔をあけ、熊と狼の獣人が地面に崩れ落ちる。
 青年は苦戦していたのでなく、仲間の包囲が完了するまで、山賊たちの注意をひきつけていたのだろう。
 まさしく神業だったが、青年に勝者の高揚はまるで見えなかった。つまらない作業だったとでも言うように、平然と無愛想な顔で死体を眺めおろしている。

「あ、あいつ、やっぱり本物の……『無気力ジェノサイダー』か……」 

 魂が抜けたように、山賊の一人が呆然と呟く。
 包囲陣の隊長らしき大男は、肩をすくめ苦笑した。

「本人は嫌がってる呼び名だ、止めてやれよ。第五遊撃隊の副長メルヴィン、意外と繊細な男なんだぜ。試しに撃ち合いして見てぇヤツはいるか?」

 山賊たちの剣や銃が地面に落ち、挙げた両手は降参の意を示した。

「……」

 声も出せずルビーが呆然と見つめる中、青年がこちらへゆっくり歩いてくる。魔晶石の軍靴を履き、両手に銃を持って……。

 遠目にも感じていたが、とても背が高い。幅とのバランスがとれているので、ヒョロ長かったりゴツすぎたりする印象はないが、ルビーより40センチは高いだろう。
 威圧感のある長身と帝国の武装から、繊細などとても見えない。
 青年が近づくにつれ、ルビーの全身が小刻みに震えだした。山賊たちも恐ろしかったが、それ以上に帝国兵は怖い。
 婆さまは、帝国兵には特に気をつけるよう、口をすっぱくしていつも言っていた。

 その昔、緑の大陸へ兵を送り獣人から全てを奪った国は、その豊富な資源を元手に、いまや大帝国に成り上がった。
 帝国は獣人の怨敵であり、帝国兵はもっとも残虐非道な人間で構成されていると……。

 ふわっと浮遊感が身体を包む。
 この数日、ろくに眠ってさえいなかった。視界が暗転し身体がグラリとかしぐ。
 意識がなんとか残っていたのはそこまで。地面にぶつかる痛みも感じなかった。




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