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栗花晩景
【その他 官能小説】

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早春編(2)-3

 駄菓子屋での出来事である。古賀が小学生の頃よく通ったというその店には私も何度か行ったことがあった。その時はお婆さんが店番をしていた。
「お婆さんもいるけど、今はその娘もいるんだ」
古賀の話によると、お婆さんは足が悪くて店は娘が主にやっているという。娘といっても私たちの母親に近い年齢である。どこから聞いてきたのか、一年ほど前に離婚して実家に帰ってきたのだそうだ。それで店を手伝っている。古賀はその女にセックスをさせてほしいと頼んでみるというのだった。真面目な顔でそう言った。冗談には見えない真剣な眼差しを見て、さすがにそれはやめたほうがいいと私は諭した。
「まずいよ、それは」
自分にはとても実行する度胸はなかったが、古賀が一人で行くといっても止めなければならないと思った。もしそのことが学校や親の知るところとなったら大変なことになる。私は懇懇と説得した。

「だいじょうぶだよ。あのおばさんだってやりたいはずだよ。疼いてると思うよ。なにしろ出戻りだからな」
古賀は週刊誌の小説に出ていたようなことを口にした。
「ああいう女は童貞が嬉しいらしいぞ。逆に喜ばれるかもしれない」
何を言ってもだめだった。頭の中にシナリオが出来上がっていて、その世界にのめり込んでいる感じだった。

「店が閉まる頃に行くんだ。誰もいない時。そしてそっと言う。おばさんは、今はまずいから夜に来てって言うと思う。だってお婆さんがいるからさ。寝てからじゃないと出来ないってことさ」
「もし、厭だっていったら?」
「その時はしょうがないよ。向こうだってこんなこと恥ずかしくて誰にも言えないだろう。だから心配ないって」
話をしているうちに何だかうまくいきそうにも思えてきた。もしOKだったら、夜、どういう理由で外出しようか。古賀の家に泊まるしかないか。
 私はいつしか古賀と一緒になってその女とセックスをすることを考えていた。しかしやはり決断は出来ない。結局、店のそばまで付き合うことにしたのは心に蠢く未知への好奇心に他ならない。古賀もその方が心強いと思ったのか、何度か頷いてみせた。



 決行の日、私たちは早くから公園で時間をつぶし、夕刻になって店の近くで様子を窺いながら頃合いを見計らっていた。初めは閉店時を狙うといっていたのだが、待っているうちに客が途切れればいいということになった。逸る気持ちが待つことに耐えられなくなってきたのである。
 それでも小さい子供がぽつぽつとやって来てなかなかチャンスがない。ちりちりとした緊張が苦痛となってくる。

「何て声かけるんだ?」
私の問いに古賀は少し間を置いた。
「考えたんだけど、やっぱり素直に言ったほうがいいと思うんだ。その方が気持ちが伝わるだろう」
「うん……」
「ぼくはおばさんが好きです。ぼくは童貞です。セックスを教えてください、って言おうかと思ってるんだ」
古賀の話を聞きながら、また、店の明かりを見ているうちに、なぜかうまくいきそうな気がしてきた。正直に気持ちを打ち明けるのだ。大人が中学生の想いをむげに踏みにじるはずがないと思えてきた。そうなったら自分も友人として同じ気持ちだと紹介してもらおうかと考えた。

「おい……」
古賀の声に店を見るとおばさんが店じまいを始めていた。よく見ると自分の母親よりずっと若く、姉のような年格好に見える。

「行く……」
古賀は頬を強張らせ、意を決したように呟くと歩き出した。私はゆっくり後を付いていった。
 ちょうどおばさんが背を向けて店に入っていったところで古賀は小走りに後を追った。私は姿を見られないように店の横にへばりついて耳を欹てた。
 古賀が何か言っている。決めた通りのことを伝えているのか。聞き取れない。……静かになった。交渉はうまくいったのか?入口に一歩近づいた時、突然甲高い声が響いた。
「ばかにするんじゃないよ!」
(まずい!)
私は一目散に走り出していた。古賀のことを考えている余裕はない。恐ろしい怒りの声が耳を離れない。それは大人が腹の底から怒った声であった。

 後ろから誰か走ってくる。古賀だとは思ったが、立ち止まることが出来なかった。
路地を抜け、駅前まで来てようやく振り返ると古賀がすぐに追いついてきた。
 青白い顔をして唇が震えていた。顔を見合わせたまま呼吸を整え、その間も雑踏に目を配った。その場にいることさえ怖かった。不意に誰かに呼び止められるような気がして落ち着かない。交番の巡査がこちらを見ている。
「俺、帰る……」
私が言うと、
「うん……」
頷くと、私より先に踵を返した。

 翌日古賀に訊くと、何事もないというのでほっとしたが、しばらくは重苦しい毎日を送ることになった。
(おばさんは古賀の顔を知っているかもしれない……)
そうでなくても中学生であることはわかるだろう。学校に苦情を言いにくるかもしれない。
(こちらにはとんでもない生徒がいるんですね。調べてください)
もし乗り込んできたら、教師はその不届きな犯人を捜すにちがいない。おばさんが一人一人顔を見れば古賀は見つかるだろう。そう考えると学校を休みたい心境だった。平静を装ってはいたが、古賀も不安に苛まれていたことだろう。
 私たちは二人きりになってもそのことに触れなかった。話をすると不安が拡がりそうな気がした。朝、教師が教室に入ってくる度に身を縮めてびくびくした。駄菓子屋の近くはもちろん、駅へ行くこともできる限り避けるようにした。したがって古賀の家に行くことも遠のいていった。


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