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栗花晩景
【その他 官能小説】

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早春編(2)-2

 当時、市内には三軒の映画館があった。洋画と邦画の専門館と、もう一軒は特定の傾向のない映画館で、旧い白黒映画や時代劇、時には子供向けの作品がかかることもあった。そこでは時々成人映画が上映された。二か月に一度くらいの頻度だったろうか。いつからかそれを観ることが私と古賀の願望になっていた。

「今度は絶対行こうぜ」
何度も日を決めてはなかなか実行出来ず、そのうち別の映画に変わっていた。いつもどちらかの一言でためらってしまうのである。
「ばれたらどうする?」
一方が言うと、
「ばれやしないさ」
強がるように呟きながら、それ以上進めなかった。

 そんな逡巡にけじめをつける決心がついたのは、公園でのノゾキ未遂による満たされない想いがあったからかもしれない。
「ぜったい、やるぞ」
「度胸を決めようぜ」

 なるべく大人っぽく見せようと服装を考えたが、中学生の私にそれらしい服はなく、ジーパンにチェック柄のシャツという、いかにも少年らしい格好になってしまった。頭は丸刈りなので仕方なく野球帽をかぶった。
 古賀の出で立ちはいま思うと滑稽であった。ズボンとシャツはともかく、頭には父親のハンチングをかぶってきたのである。体が小さいので昔の藪入りの小僧のようであった。

 私たちは人通りの多い駅前を抜け、遠回りして市街地の外れから映画館のある旧道へ入った。
 入口は道路から少し奥まったところにある。打ち合わせたわけでもないのに二人とも同じペースで二度通り過ぎた。三度目に古賀が歩調を緩めたのをきっかけに入口に向かった。急に動悸が高鳴ってきた。ポケットに入れた手には入場料が握られている。釣銭のやり取りをしないで済むように前もって調べておいたのだ。

「どっちから買う?」と私が訊くと、
「俺から買う」
古賀は即座に答えて窓口に向かって行った。金を握りしめた手はポケットから出している。
(二人分買えば一回で済む……)
考えているうちに古賀は売り場の前に立った。
「大人一枚」
古賀の言葉に私の体は熱を帯びた。
(大人って言う必要はない……)
窓口の眼鏡をかけた女が顔を上げた。明らかに古賀と、後ろにいる私を見た。すぐに券を切らない。
「お齢はおいくつ?」
女がそう訊いたとたん、私も古賀も走り出していた。通りに出て左に曲がると歩道の中を人の間を縫って走った。
 商店街を抜け、駅まで来るとようやく止まって、来た道を振り返った。
「ばれたな」と私は息を弾ませて言った。
「ばれたな……」
古賀も繰り返した。

 私は、古賀が大人一枚と言ったことが不審につながったと思ったが、何も言わなかった。その失言に気づいているのかいないのか、古賀も黙っていた。
「誰にも見られなかったよな」
古賀は無言で頷いたが、不安そうな顔で辺りを見回した。歩き出すと重い足取りだった。艶めかしい映画の看板が目に焼き付いていた。

 翌日学校へ行くと、古賀はにやにや笑いながら私を教室の隅に誘った。
「昨日、俺、おとな一枚って言っちゃったな」
「そうだよ。焦ったよ」
「あれでばれたかな」
「大人に決まってるもんな」
私たちはそれから、どうしたら成功するか、いろいろ話したが本気で挑戦する気持ちは失せていた。
 それからしばらくして、私たちはふたたび脱兎のごとく逃走する羽目になる。この時は恐怖すら感じたことを憶えている。


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