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先生と銀之助
【ファンタジー その他小説】

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一章 関係-8

   関係/5
「起きるのだ。お主、いつまで寝ておる」
誰だ、と思ったが、すぐにわかった。この花の匂い。そして、この不遜な態度。あの女に違いない。
「何用だ、女」
 私は硬くなった体を、ほぐしながら女にそう答える。
「女、か。前から思っていたのだが、私は女という名なのか」
「違う……寝起きで面倒くさいことを言うでない」
 周囲は日が暮れかけていた。紅い夕焼けが差し、女が燃えるように美しく映る。
 私は懐に閉まっている懐中時計を取り出して時間を確認した。十六時を僅かに過ぎた時間となっていた。随分と私は川原で眠っていたようだ。
「女、お前は夜にしか現れぬというような存在ではないのか」
 女は、「ほっほっほっ」と甲高く笑う。
「何だお主、私をそのような存在と思っていたのか?」
 女は、前と同じく銀之助が隠している着物を着ていた。
「女よ、貴様は何故銀之助が隠した着物を着ているのだ」
「お主、そればかりよのう」
 女は、私が寝ていた岩から数メートルの距離を取っていた。それは銀之助がいつも私と取っているような距離だった。
 私は、女の頭を見た。
 相変わらず、耳のような突起物が二つある。
「女、お前のその頭のものは、耳なのか?」
 私は兼ねてよりの疑問を女に投げかける。女は、こちらをちらりと見たかと思うと、妖艶な笑みを浮かべてこちらをじっと見つめる。
「これが耳であったら、何か問題でもあるのか?」
 女は意外にも私の質問に答えた。
「特に問題ない。気になっただけだ」
 私は休んでいた岩から降りて、女に近づこうとしたが、女はわざわざ私から距離を取り、距離を一定に保つ。
「近づくでない。人間が自ら私に近づこうなどと、無礼であるぞ」
 私は大きくため息をついた。女が一定の距離を取っているのは、自分が高貴な存在だと思っているからであろう。
「女。犬を見なかったか。くすんだ銀色のような体毛で、狼のような見た目とは裏腹に小さく、滅多に吠えぬような珍しい犬だ」
 女が耳と言った突起物二つがぴくりと同時に動く。やはりこの女は人間とは違うようである。
「見なかったか、女」
 女は朱色に燃える太陽を背に、こちらに先程のような妖艶な笑みを向け続けていた。
「お前にとってその犬は何なのだ。答えてみせよ」
 女は、私と距離を取っていたのにも関わらず、今度はあちらから距離を詰めてきた。
「答えよ、人間」
 女は、徐々に私との距離を詰めていく。
「私の名は、万里 凪である」
「な……?」
「私は万里 凪である」
 女は、詰めた距離を僅かに後ずさる。
「なんと書くのだ?」
「幾万の万に里、海が凪ぐの凪である」
「くくく……」
 漢字を説明すると、女は私の顔を見て笑い出した。
「貴様ごとき人間が、くくく、駄目だ、くく、笑いが抑えられぬ」
 非常に不愉快である。このような物の怪に、両親から貰った大切な名を笑われるとは思わなんだ。
「女、犬を見なかったか?」
 このような女とは関わるだけ無駄であろう。さっさと銀之助を連れて帰ってしまおう。今日は嫌な夢を見たし、酒を飲みたい気分だ。
 あぁ、羽田さんの家に行き、米酒をもらうのもいいか。ついでに羽田さんと晩酌を交わそう。銀之助にも飯が出ることで奴も喜ぶであろう。
「犬、か。それはあれのことか?」
 女は顔を歪ませて笑いながら、川の下流の方向を指差した。
 そこには銀之助らしき犬がいた。いつの間にいたのだろうか。その犬は私に近づいてきて、一定の距離を保っていた。
「こいつであろう、お前の犬は?」
「ふん。貴様は女狐のようだ。くだらん!」
 ここ数年声を荒げたことなどなかったのだが、この女のあまりにもふざけた態度に我慢できなかった。
「くだらん。非常にくだらん!」
 私は憤慨し、奴に背を向けて町(村)へと向かって歩き出す。
「おい、人間。私の質問に答えろ」
 女は、そんな私の背中に声をかけたが、私はそれを無視した。


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