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先生と銀之助
【ファンタジー その他小説】

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零章 出会い-1

   出会い/1
「おや、先生。先生よ、何処に行くんだい?」
 私を呼び止めるのは、米農家の羽田《はた》さんだ。下の名前は知らぬが、彼は私のことを先生としか呼ばず、私は羽田さんとしか呼ばぬ。互いに細かいことを気にしない性分なので、これで別段不便と思ったことは一切ない。
「羽田さん、今日も精が出ますね。手伝いましょうか? 私はどうせ暇でしてね」
 私はいつものように彼に仕事の手伝いを申し出る。いつもなら快活な笑顔を向けて、農作業の道具を出してくれるのだが、今日は違った。
「ははは、先生。今日は日曜日ですよ。町の迷信でね。日曜日にあんたを働かせると、バチが当たるらしい。それに、今の先生の格好じゃあねぇ」
 まぁ確かに、このよう着物では働くには向かないか。
 しかし、この町(というよりは村に非常に近しいのだが)に住んで、たった二年しか経っていないのに、いつの間に私はそこまで畏怖されるようになったのだろうか。それともただ単純に馬鹿にされているのだろうか。いいや、おそらく羽田さんの優しさなのだろう。そう思おう。
「そうなのですか。そいつは知らなかった。しかし残念だ。羽田さんの手伝いをしたときに食べられる奥様の手料理が、今日は食べられない」
「先生、別にいつでも食べに来てくれていいんだぞ? どうせ米はたくさんあるしな」
「そうでしょうね、羽田さん。あなたの畑はいつも豊作だ。今回の稲も、見るからに育ちが良い。あぁ、今年の秋も楽しみだ」
 ははは、とひとしきり羽田さんは笑うと、思い出したように指を鳴らす。
「そういや、明日でいいんだが、またうちのトラクターを見てくれないかい?」
「おや、確か二ヶ月前に整備したはずですが」
「いやね、何故かエンジンのかかりが良くなくてね。まだまだ使えないと困るもので、頼めないかい?」
 少々羽田さんは困った顔を作る。彼の困った顔にはどうしても勝てない。
「なるほど、では今日は先に報酬をいただくために、夕飯をいただきに参ります」
「先生。相変わらず食い意地が張っているね。さすが若いだけある」
 その後、他愛もない会話をして、私は羽田さんと別れた。
 あぁ。紹介が遅れたが、私は万里 凪《ばんり なぎ》。この田舎には、両親の死をきっかけに越してきた。歳は二十七で、前職は車の整備士をしていた。
 何故両親の死がきっかけでここに来たのか。まぁ、それはなんというか、嫌な話でね。両親は結構な額の生命保険に入っていて、同時に亡くなったものだから、必然的に一人息子の私にそのお金が入ったのだよ。色々と面倒な手続きで、三割程度持っていかれたが、それでも十数年暮らすには充分な額だった。
 元々整備士になりたかったわけではなく、なんとなく機械をいじるのが好きで、手に職を付けておこうと思い、車の整備士を選んだ。専門学校を卒業し、大手の車屋に就職して二十歳から五年働いた。
 良い転機だったのだ。私としては小説家として生活してみたいとも思っていたのだし、毎日毎日物言わぬ車の相手をするのにも疲れていたのだし。
 この田舎を選んだのは、家賃の関係だ。月額三万でそれなりに綺麗な一軒家を借りられるのだ。電気もあるし、速度は遅いがインターネットも使用できる。その代わり、場所のせいなのか、夜にはよく獣が訪ねてくる。私はそんなことを言った不動産屋に笑いながら、「そいつはいい。寂しくない上に、小説のネタにできる」と言い放ったのを、今でもよく覚えている。私にとっては最高の冗談だったのだが、不動産屋はきょとんとしていた。
 ちなみに、私は話し方のせいか、よく古い人間だと思われる。これは私の父の話し方をそのまま引き継いでいるのであって、私には何の非もない。私と同年代の人々にとっては慣れない話し方かもしれないが、大丈夫。私の数少ない遠方に住んでいる友人は、十数年の付き合いを経て、慣れてくれたらしい。先に言っておくが、三つ子の魂百まで。私はこの話し方を変える気など一切無い。
さて、ここで私自身の自己紹介は終わろう。次からは、私の家の紹介だ。


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