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先生と銀之助
【ファンタジー その他小説】

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一章 関係-4

   関係/3
 ふと、銀之助と出会ったときの花の匂いがした。匂いから、気高く、美しく、そして麗しい花であると想像できる匂いだ。
 知らぬうちに私は仕事部屋で眠ってしまったようだ。
「ギン、何処にいる?」
 いつも私と一定の距離を保っている銀之助の姿が見当たらなかった。
 そういえば奴と初めて会ったとき、この匂いがしていた。最初の出会い以外この花の匂いがしたことはなかったので、すっかりと忘れていた。
「ギン、銀之助」
 私は煙草に火を点けた。そしてもう一度「銀之助」と奴の名前を呼ぶ。
 辺りは静まり返っている。夜に鳴く鈴虫の羽音すら聞こえず、私は焦り始める。
「銀之助、隠れてないで出て来い!」
 少し声を荒げて奴の名を呼ぶ。返事が来ることには期待はしていない。奴が名前を呼んで返事をしたことなど一度も無いからだ。
「銀之助!」
 何度も何度も奴の名前を呼ぶが、無言の返事しか返ってこなかった。
もしかして銀之助は、山に帰ってしまったのだろうか。この花の匂いは、銀之助が手向けとして持って来た花ではないだろうか。いやいや、そんなことはなかろう。ここまで静かな夜、あの花のような匂いを残して消えるなど、奴にはここまでドラマチックな別れの演出は出来ぬ。
「ギン……!」
 また名前を呼ぼうとしたときだった。
「煩いのう……」
 居間から、女の声がした。
 私は咥えていた煙草を落としてしまい、慌ててそれを取り上げ灰皿に押し込む。
「誰だ!」
 仕事部屋から見える居間からは姿を確認できぬ。
「じゃから、煩いと言っておろうに」
 声は居間から庭に繋がる縁側から聞こえる。
「何者だ!」
「むぅ……私は別にお前を取って食おうなどと考えておらぬ。じゃから静かにせい。そんなに私が何者か知りたいのならば、こちらに来れば良かろうが」
 私は女の言葉に従うかどうか悩んだものの、自分の見えぬところで何かが起きていても恐ろしいことこの上ないので、居間に足を向けた。
 仕事部屋から居間に出て縁側を見てみると、少女ぐらいの大きさをした、女≠ェそこにいた。
 女は、こちらを振り向くと妖艶な笑みを浮かべた。
「なんじゃなんじゃ、私の美しさに見惚れたか?」
 見惚れたとは、表現が違う。
 それは雷のようにこちらの体を駆け巡り、その女を凝視する以外許さないような強制力のある、呪い。
 少女然としているその容姿に反し、それは完成された女≠ナあった。
まるで、美しい芸術のようだ。銀色の月光がこの女を照らし、僅かに吹く風が女の銀とも灰とも取れる色の髪を撫でていく。
「そうじゃ、そうやって静かにしておれば良いのだ」
 女は月を再度見る。
「女よ、勝手に人の家に侵入するものではない。入るときには、お邪魔します、と声をかけるものだ」
 以前どこかで誰かにしたように私は言う。
「ほほほ、前にも言われたのう、その言葉」
 女は私に振り向かずにそう言った。
「しかしじゃ、ここは私が住ん……否、やめておこう。お主が気付くまで黙っておこうか」
 女の頭からは、二つの突起物がある。それは髪の色と同じで、耳のようにも見える。
 そして、女が着ている着物。あれは色が気に入らずに銀之助にやったものだ。銀之助はそれでひとしきり遊んだあと、どこかに隠していた。何故この女が、銀之助が隠した私の着物を着ているのだ。
「おい女。お前、銀之助という犬を知っているか?」
「……」
 女は答えずに月を見続けている。
「お前が着ているものはな、以前に銀之助が隠したものなのだ」
「ほう」
「もしかしてお前は銀之助の前の飼い主か?」
「ほほほ。さぁのう」
「むぅ。ではこの辺りで犬を見なかったか?」
「さぁのう」
 女はこちらの問いに真面目に答えるつもりなどないのか、飽きずに月を眺めていた。
「してお主よ。その犬はお前にとって大切なものか?」
 急に女は私に問いかける。
「さぁのう」
 私は女と同じように言葉を返す。
「ほほほ、相変わらず面白い奴よのう」
 女はこちらを振り向く。
 月光を背中に受けながらも、女の双眸は妖しく金色に輝いた。
「お前は誰なのだ、女」
「ほほほ、さぁ目覚めのときぞよ。寝過ごしては、美味い飯が食えなくなるぞ」
 女がそう言うと、私は急に意識を失ったのだった。


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