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先生と銀之助
【ファンタジー その他小説】

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零章 出会い-6

「しかし少々お待ちください。これら全てに消費税はかかるのですか?」
「勿論」
「でしたら、ぎりぎり十万円にはいかないのでは?」
 九万五千円だったのならば、確かに十万円にはいかないはずだ。たった数百円のことではあるが、出来ることならば節約したい(ケチりたい)。
「だから言ったでしょう? 羽田さんの紹介ですから、端数は切り捨てると」
「……玉城さん。それは切り捨てると言うのではなく、切り上げると言うのです」
「ははは、これは失礼。で、払っていただけるのですよね?」
「少しお待ちください。用意します」
 うむ。この男。狐のような細い目をしたこの男。
 私は、嫌いだ。
 私は寝室へと向かい、襖の奥に隠してある封筒より、福沢諭吉を十人用意する。緊急で入用になったときに使用する予定であったのだが、いやはやなんとも、これも緊急と言えば緊急であろう。しかし、この福沢諭吉十人がいなくなることで、今まで彼らを隠していた封筒は、ただの紙切れとなってしまう。
 ……人生とは上手く行かぬものだ。
 私は福沢諭吉十人との別れも程々に居間へと戻る。すると、玉城獣医師は、何かの資料に筆を走らせていた。
「それは何ですかな、玉城さん」
 興味など持ちたくないが、少しでも福沢諭吉との別れを延ばしたい。
「カルテですよ。この犬の名前は?」
「名前、ですか」
 私は犬を見る。金色の瞳は「まだ何かする気か?」と不機嫌を通り越して、怒気を孕んでいた。
「名前、ですか……」
 いついなくなるかもわからぬ犬に名前を付けるのもどうかと思う。
「面倒でしたら、犬≠ニでもシンプルに名付けますか。万里 犬、中々ユニークで面白いですよ」
 玉城獣医師は皮肉としか取れぬ笑みを私に向けた。
 やはり私はこの男を好くことは出来ぬかも知れぬ。
「おいワン公。お前の名前はなんだ?」
 犬の金色の瞳は「何言ってやがる」とこちらに喧嘩を売っている。
「犬に聞いても答えないでしょう。もう犬という名前でいいでしょう?」
 玉城獣医師がカルテに名前を書こうとしたとき、「今名付けます」と彼の筆を制止する。
 名前。名前、か。ええい、小説の登場人物ならば自然と浮かんでくるのに、何故いざこうなると悩むのだろうか。これが責任とかというものだろうか。
「早くしてくれませんかね。わたしはこう見えても忙しいものでね。帰って妻のご機嫌取りをしなくてはいけないのです」
 ……この男、いつか絶対に殴ってやる。
「銀之助《ぎんのすけ》。こやつは銀之助です」
「……はい?」
 玉城獣医師はこちらを小馬鹿にするように聞きなおす。
「こやつの名前は、銀之助だ」
「はぁ……わかりました」
 玉城獣医師は、カルテに万里 銀之助≠ニ記す。
「つくづくおかしな人だ。やれやれ、また何かあったら呼んでください。名刺に電話番号が書いてありますから。気が向いたら出ますよ」
「さようか。毎日モーニングコールをしてやろう」
「ははは、あなたではイブニングコールになるのでは? 私の朝は案外早いですよ」
 奴はまた皮肉を漏らして、立ち上がった。
「銀之助ちゃん、また会おう。喧嘩など金輪際ないようにね。君のご主人の生活が危ぶまれる」
 そう言い残し、玉城獣医師は、我が城を去って行った。
 彼が去った後、私は福沢諭吉との別れからか、はたまた、奴とのやり取りの気苦労からか、大きく、とても大きくため息をついた。
「なんという腹立たしい男だ」
 私は寝室より煙草を取りに行き、居間に戻り火を点けた。
「銀之助」
 犬……もとい銀之助は、耳をぴんと立てる。
「銀之助。お前は銀之助だ。いいか銀之助」
 金色の瞳をこちらに向ける。「誰だそれは?」と言っているようで、私は再度大きなため息をついた。


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