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先生と銀之助
【ファンタジー その他小説】

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零章 出会い-5

   出会い/4
「ふむ。他の犬と喧嘩でもしたのでしょうね。大丈夫、命に関わるようなものではないでしょう」
 狐のような目をした玉城《たまき》獣医師は、丸い眼鏡を外しながらそう言った。
「そうですか、良かった」
 私は安堵のため息をつくと、玉城獣医師へと深々と頭を下げ、「ありがとうございます」と感謝の言葉を述べた。
「なに、報酬さえいただければ、私は問題ありませんよ。ところで狂犬病の注射とワクチン注射、どうしますか? 野良犬ならば、しておいたほうがいいですよ。いつ牙を剥いてくるかわかりませんし」
 私は犬を見た。犬は居間の隅で身を丸め、不機嫌そうにこちらを見つめている。「これ以上触るようならば噛み殺すぞ」と言わんばかりだ。
「でも、医療中もおとなしかったですし、もしかしたら飼い犬かも……」
「いや、打ってやって下さい」
 私は玉城獣医師の言葉を遮るように口にした。野良犬であろうと飼い犬であろうと、私には最低限こやつを世話する義務がある。まぁ、ただの嫌がらせではあるが。
「衰弱しているわけでもないですし、何度も玉城さんを呼び出しては申し訳ないですしね」
 もっともらしい理由を付け、彼に笑顔を向けた。
「では、さっさと終わらせますか」
 彼は鞄から二本の注射を取り出し、犬に近づく。犬は吠えずにただ抗議の目を玉城獣医師へと向けていた。野良犬ならば、吠えて威嚇をするものだと思っていたが、やはりまだ子供なのだろう。そこまで頭が働かないのかもしれない。
 玉城獣医師は難なく犬への注射を終え、こちらへと診療明細を手渡した。
 ほほう。中々の金額である。
「十万円ですか」
 一応紙面に書かれている金額を玉城獣医師へと確認する。
「定期治療以外では、どうしてもね。まぁ、羽田さんのご紹介ですし、端数は切ってありますから」
 払えなくはないが、十万円か。
 ふむ。やはり何度見ても十万円である。これは零が一個多いとかいう、玉城獣医師の間違いではないのだろうか。一応、もう一度確認をしてみる価値はあるだろう。
「書いているとおり、出張費二万円、注射代金合わせて二万円、治療費五千円です」
 確認する前に、玉城獣医師が金額の確認をしてくれた。ふむ、やはり間違いである。
「玉城さん、それでは四万五千だ。残りの五万五千円はどこから来るのですかな?」
 得意気に私は彼に言うが、玉城獣医師は、至極冷静に答える。
「最後に書いてあるでしょう?」
 玉城獣医師に言われ、私は最後の欄をよくよく見てみる。『年間治療契約五万円也』。
「これは一体……?」
 初めて見る文言である。
「今日から一年間、私はあなたの犬を無料で診察するということです。本当は年に何度もお呼びいただける方にしか、それは適用させませんがね」
 玉城獣医師は少々不機嫌そうな声でそう言う。
「では、何故?」
「あなたの家の道がわからなかったので、町の人々に訪ねたら、皆が揃いも揃ってあなたのことを気遣う発言ばかりでね。『先生のワンちゃんをよろしく頼むよ』、『良心的な値段にしてやってくんな、玉城さん』とか、色々ね。羽田さんに至っては、『先生がお金を払えないようなら、うちに付けといてください』とまで仰った。さすがにそこまで言われたのなら、無礼な態度は取れないでしょう。たった二年で、よくここまで町の人々を懐柔されましたね」
 やれやれ、と玉城獣医師は頭を振った。その態度が充分に無礼だとは考えていないのだろうか。
「懐柔したつもりなど、私にはありません。しかし玉城さん、今の発言は彼らを侮辱しているように聞こえる。私にはそれが許せない」
 この町(村)の人々は全て良い人ばかりだ。それでいいではないか。何故この男は、わざわざ懐柔などと言うのか。
「なに、私がこの町の人々に信頼されるまで、あなたの四倍はかかったのでね。男の醜い嫉妬です、忘れてください。で、払うのですか、払えないのですか?」
 信頼されなかったのは、あなたの態度が悪かったのでは? という言葉は飲み込んでおくことにした。
「払いますよ。羽田さんに迷惑をかけるつもりなど、晩飯以外ない」
 玉城獣医師は深くため息をつく。
「では払ってください」
 玉城獣医師は荷物を片付け始めた。そこで、私はもう一度明細を見直した。


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