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先生と銀之助
【ファンタジー その他小説】

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零章 出会い-4

   出会い/3
  
 翌日。
 私は、昨日の晩に嗅いだ花の匂いで目を覚ました。昨日は羽田さんの奥様からいただいたお土産を冷蔵庫に入れ、すぐに床に就いてしまった。
「さて、この匂いはどこからだ」
 起きたばかりで回らぬ頭で、匂いの元を辿る。六畳の寝室では探すのはそこまで難しくはないはずなのだが、如何せん、花ではなく余計なものを見つけてしまった。
「汚いな」
 寝室の襖のすぐ前に、昨日の犬がいた。どうやってここまで進入してきたかは、なんとなく予想がつく。おそらくではあるが私の後を付いて来たのだろう。しかし、起きるまで気付かぬとは、どれだけ昨日の私は浮かれていたと言うのだろう。酒も入っていないのに。
 すぐに布団から出る気もしなかったので、私は少しの間、犬を観察した。
 薄汚れてはいるものの、毛色は銀であろう。銀は銀でも、曇天のときの雲のようにくすんだ銀だが。顔は良く見えぬがシベリアンハスキーという犬種に近しい。だが体躯はそこまで大きくはなく、昨日の私の目算通り、子供である可能性が高い。しかし、シベリアンハスキーとはまた違い、犬らしくない。より狼に近いように思える。
「これ、ワン公」
 犬は耳だけをぴんと立たせた。
「勝手に人の家に侵入するものではない。入るときには、お邪魔します、と声をかけるものだ」
 犬に人間の礼儀など教えたところで得はないのだが、一応言ってみる。
 犬はこちらを振り向きその小さな体躯を起こした。よくよく見ると、体中傷だらけである。
「馬鹿者。怪我をしているのなら怪我をしていると昨日のうちに、さっさと言わぬか!」
 寝ぼけていた頭が急に覚醒し、私はその犬を跨いで羽田さんに連絡を入れた。どうせ私が起きる時間だ。羽田さんは起きているであろうし、羽田さんは犬や猫も飼っている。羽田さんの知り合いには牛を育てているところもある。きっと獣医のことも知っているだろう。
「もしもし、なんだい先生。電話なんて珍しいね」
 のんびりとした羽田さんの声。
「すまない羽田さん。今すぐ私の家に獣医を呼んではくれないか。実は犬が……」
「おや、先生。犬なんて飼ってたのかい?」
 ……そういえばそうだ。この犬とは、昨日初めて出会ったのだ。わざわざ私が世話をしてやる義理もないし、世話をできる余裕も多々あるわけではない。
「いや、その……」
 寝ぼけていましたと嘘をつけばいい。
 どうせ犬だ。放っておけば、傷も癒えるだろう。ぱっと見たところ、首輪をしているわけでもないし飼い犬でもない。もし傷が癒えずにこの犬が死んだところで、誰も悲しまない。
 しかし命だ。重さの軽重など有ってはならぬ。
「先生?」
 数瞬の間、私は悩んだ。そして、私は悩んだ自分をすぐに恥じた。
 袖振り合うも何かの縁。そうさ。私は確かに昨日、この犬と縁が出来たのだ。嘘をつく必要など一切ない。
「昨日出会ったんです。これも縁です。このワン公を助けたい」
 知らぬうちに私の声は強張っていた。その気持ちが羽田さんに伝わったかどうかはわからないが、羽田さんは「すぐに呼びます。ただ二、三時間はかかりますよ」と言った。
「かまいません。今すぐ死にそうなわけではありませんし」
 そう言って私は電話を切った。
 そして私はすぐに犬を見た。
 犬は不思議そうな表情で私を見つめていた。あの金色の瞳が「何事だ?」と語っているようで、私はため息をついた。
「お前のことなのだ。ついでに注射でも打ってもらえ。これですぐ山に帰るような恩知らずなら、私は金輪際二度と犬には関わらぬ」
 そんな私の想いを知ってか知らずか、犬は大きなあくびをした。


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