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ROB
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ROB-13

「お前といるとついつい忘れそうになるんだよ。お前の親を殺したってことをさ。だってこんなの変だろう。お前,親を殺した奴とペアを組んで仕事してるんだぜ? お前,いつか絶対壊れるぞ。」
 俺は腕の力を強める。
 息が詰まりそうだった。多分,息が詰まりそうなのはしがみ付かれているヤマダの方だと思うのだが。
「駄目なんだよ。俺だけ許されるのは。あの人だって,死んでしまったんだ。」
 あの人?
 一体誰の話だろう。
「まさか,あの人と同じ運命を辿るなんて。思いも寄らなかったな。」
 ヤマダは,僅かに肩を震わせた。間もなく彼の顎から,ひとしずく,滑り落ちた。
 泣いているのか。
 でも,どうして。
 しんと鳴る静寂。この空間にいる間も,所詮彼も俺も個々であり,一つの気持ちを共有することすら出来ない。
 彼の気持ちも,俺の気持ちも,互いに全て伝わらない。
 噛み合わない方程式。
 そうこう考えている間に,ヤマダが俺の腕を解いてしまった。
 彼の力に負けて再び床へへし折れる俺。
 畜生。
 隙をつかれた。
「じゃあな」
 早口でそう言うと,ヤマダはさっさとドアを閉め,とうとう去ってしまった。
キューッと,部屋の奥で何かが悲鳴をあげた。薬缶の音だと,間もなく分かった。
 デクレシェンドで,音が消えていく。
 呆気ない。
 こんな風に終わらせてしまうのか,お前は。
 俺は彼から手渡されたナイフとライフルを握りしめた。
 許さない。こんな終わり方は,絶対に嫌だ。
「諦めが悪いわよ。もう,行かせてあげなさいよ。」
 いつの間にか,近くに瀬谷が居た。振り向きはしなかったが,声の感じで近くだと判断した。
「分かったでしょう。あなた,今まで本当はヤマダ君が好きで好きでたまらなかったのよ。」
 俺は黙り込む。
 ずっと誰も信じないし,誰も好きになどならないと思っていた。みんな暗闇の中。俺の中の明るい感情には,堅い蓋がされていて二度と解かれないものだと思っていた。とは言え,これが明るい感情であるのかは定かではないが。
……定かなものなど,この世にあるのだろうか。
 今まで俺は,定かなものなど見たことがあっただろうか。
「人間誰しもどこかで,誰かに頼りたいと思っているものよ。素直じゃないものね。あなた,本当は気づいていたんじゃないの,ヤマダ君が自分の親を殺したってことや,彼が昔,蝶のナイフを使っていたことを。だからナイフに執着したし,記憶を封印しようとした。お気の毒ね。自分の親を殺した人間を,必要とせざるを得なかったなんて。」
 瀬谷がいつものように淡々と言う。そうなのだろうか。俺は親よりヤマダを必要としていたのだろうか。ナイフにこだわっていたのは,彼が昔使っていたことを知っていたからなのか。
 あの頃のヤマダの印象が強い余りに。
 でもだとしたら,俺はどうして笑えなかった? どうして彼に対して,素直になろうとしなかったのか。
 思えばいつも冷たくあたっていた。笑いたくても,あまり笑おうとしなかった。笑いを堪えることに苦心していた時さえある。
「あの子がナイフを使わなくなったのは,あなたがここに来てからよ。ヤマダ君もね,あなたと似た境遇なの。親が殺されて,ここに引き取られた。仕事であなたのご両親を殺すはめになってしまったけれど。そのナイフはもう使えない,酷いことをしてしまったと,あの子が凹んでいたのを未だに覚えているわ。」
 瀬谷の話を聞きながら思う。
 それならば俺への償いとして,いっそこのまま一緒にいて欲しかった。
 その方が,俺には楽だと思うんだ。
「あの子は,成長したわ。」
 瀬谷が言う。
「あなたも,一番簡単な方法で自分を守ってばかり居ないで,飛び出してみればよかったのに。ずっといい世界が,そこにあったはずなのにね,」
 言いながら,俺に何か投げて寄越してくる。床を滑ってきたそれを拾う。銀行のキャッシュカードだ。
「ヤマダ君が,君に渡して欲しいって。まともに生きて欲しいって。それだけの金があれば,もう自由になれるだろうって。」
 次の仕事の内容,後日メールで送るから。もう帰って。さようなら。
 そう付け足して,瀬谷は奥へ戻ってしまった。
 俺は立ち上がる。
 よろめく体をなんとか動かして,堅い堅い玄関のドアをこじ開けた。


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