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ROB
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ROB-1

 街灯から姿を眩まし,ひとり,首を擡げる(モタゲル)俺。月の無い夜。表の喧噪は,それすら気にも留めない様子。気にも留めないから,相変わらずうるさいわけで。クラクション,笑い,怒り,それから機械音。耳は,全てを理解しないままに,惰性で飲み込んでいく。無意識的に。理解する必要なんて無いからだ。理解で明日は紡げない。むしろ無駄な理解は,明日を殺す。
 俺はゆっくり,前に向き直る。
 暗闇から,黒い陰が出現。アメーバのように,ねっとり飛び出てくる。
 俺はそいつを睨みつける。顕微鏡越しに観察するように。注意深く,見据える。
 ようやく。人間らしく,形が定まったのは,それなりに距離を敷き詰めてから。
 烏(カラス)のような男だ。アメーバではなかった。多分,この黒いロングコートとサングラスが,そういう印象を与える原因だろう。
 とりあえず。俺はマニュアル通りに事を進める。
「金は,」
 路地裏に萎縮する自分の声。あまり大きな声で言ってはならない。誰に見られているか,判らないからだ。
 俺の言葉の後。そいつは首をゆっくり前後に動かした。
 周囲を気にしているのか。
 戸惑っている様子も,全く無い。
 どうやら,こういう取引の勝手を知っているみたいだ。
 慣れていない奴なら,そんな心の余裕を持ち合わせていない。出来るだけ,早く事を済ませようとする。
 感心だ。
 ただ,ひとつ。不自然なことが……。
 衣装が目立ちすぎ。
 こんな格好で表を歩いたら。
 まず,通り魔防止にはなる。それから,路上を漁り歩く勧誘員の横を,難なく素通りすることも可能。
 案外,効率的なのかもしれない。
 俺に向き直ったそいつ。クラフトのA4サイズ,封筒を俺に手渡した。
「確かに受け取りました。」
 封筒の中身は,金(または小切手)と,以来主の連絡先,そしてターゲットの情報。
 今,見る必要はない。
 封筒ごと,素早く,鞄へしまい込んだ。
 普通なら中身を確認するだろう。が,ROBでは基本的に,そんなことをここでする必要は皆無とされる。出来る限り,失敗を防ぐため。どれかひとつでも不十分なものがあったならば,依頼を破棄すればいいのだ。ただ,それだけのこと。
 ROB。それは,殺人組織の名。文字通り,盗む。盗むのは,人の命だ。その組員の大方が,少年。理由は警察の目を欺くため,だそうだ。体力的にも,若い方がいいらしい。飲み込みも早いし。
 勿論。俺も,組員の一人。両親を亡くした4歳の時からそこにいる。普通なら,大半の奴は,10歳前後で加入する。だから俺は,組織の人間の中でも,古株というわけだ。
 古株,か。
 過去を片づける,単純な呪文。
「先に行って下さい。一緒に居るところを目撃されると危ないので」
 俺はサングラスのそいつに言う。
 何が危ないんだろう,と思いながら。
 殺されるのが,か。
 殺されて,困る事は何だ。
 今更。
 そんなことに怯えて,殺し屋なんざ出来るか。
 他に困る事……。
 ああ,そうか。
 こいつが困るんだ。
 こうやって生きている人間は,出来上がった大人は,死ぬのが困るんだ。
 きっと。
 子供より,多くのものを失うから。
 子供より,持ちすぎているから。
 馬鹿馬鹿しい。
 ロングコートを翻し,素直に,奥の方へ進んだそいつ。足音を静寂に溶かして。闇の中へ,見えない空間へ,収まった。
 畜生。
 俺は舌打ちする。俺は。そちらには行けない。マニュアルの通りにしなくてはならない。「客と別れるとき,逆の方向に進まなければならない。一緒にいるところを,見られてはならない。」
 畜生。
 欲望の場所。街の光りの中とは,そういうもの。自分を否応無く突きつけられる。そしてそこにいる奴らは,それさえも心地よく思う。乃至,当たり前のものだと思っている。
 俺は嫌気が差し,その場で目を閉じた。
「視界なんて,宛にならない。目を閉じても,感じられるようになれ。」
 ふと,言葉がよぎる。
 誰が教えてくれたことだっけ。
 ああ,そうだ。ヤマダだ。
 俺がROBに加入した,まさにその日。
 12年前,ヤマダが教えてくれたことだった。


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