ＲＯＢ-15
ヤマダが去ってから数日後。瀬谷からのメール通り，俺は町外れに来ていた。サングラスにロングコートの男の依頼を遂行するためだ。本来ならば，今日も隣にヤマダが居るはずだった。
暗い道の片隅で，試しに隣を見てみる。
居るはずがない。
彼を失うということを考えてもみなかった。
あれから，少し考えた。
俺はどうして，彼がいつでも自分を理解してくれると思いこんでいたんだろう。いくら甘えても許されると思いこんでいたんだろう。……所詮は個人だったんだ。
とある公園に到着する。
ここを午後８時頃，突っ切って通ると聞いた。
ターゲットは若い男。
街灯に群がる虫を一瞥。
それから俺は低木に身を隠して，その時を待つ。
俺は低木の葉を毟りながら，その男を待つ。
そして，予定通りの時刻に獲物が現れた。
マスクに，サングラス姿。如何にも，あやしげな奴。
通り過ぎる振りをして胸を刺そうと思う。
早くやろう。
さっさと終わらせたい。
なんだか恐かった。
自分がここでこうしていることが，酷く間違っているように思えて。
存在全てを否定されているような気がして。
何せ，俺は今までヤマダに倣って育ってきたから。
彼がＲＯＢを辞めてしまった今，俺は誰を手本に生きていけばいいのか，分からない。
とにもかくにも，今日の仕事をさっさと終わらせよう。
早々，俺は立ち上がる。
一度，公園の外に出る。
男が向かってくる方の入り口から，再び中へ入った。
ポケットに手を突っ込む。
中にはナイフがある。
一撃でやる。
ヤマダに教わった通り，一撃で。
徐々に距離が狭まってくる。
絶対に，逃さない。
俺は真っ直ぐ前を向いて歩く。
そして男がすぐ横に来たとき。
さようなら。
「……うっ」男のうめき声。
予定通り，一発で捕らえた。
案外，簡単に済んでしまった。
俺がナイフを抜いた瞬間に，男はマスクを黒く染め，しまいにはマスクで覆いきれなくなった分の血を吐きだした。
いつもの感触を，心地よいと感じられない。むしろ，吹き出した液体の温もりが俺の手にまでまとわりついて，鬱陶しかった。
念のため，顔を確認しよう。
ナイフを口にくわえて，街灯の灯りが届くところまで引きずる。
髪を鷲掴み，顔を上げさせる。
まずサングラスを取った。そして，マスクを剥がす。
俺は目を見張る。
安っぽい街灯に覆われた，夢のような現実空間。
その顔は――
「……ヤマダ，」
確認したその顔は，ヤマダだった。
血塗れのヤマダだった。
何でヤマダなのか。
というか，これは一体どういうことなのか。
その前に，こいつを病院へ運ばなくては。
否，そんなことをしたら，俺が捕まってしまう。
それに，ＲＯＢの存在もばれてしまうかも。
「おい，ちょっと……ヤマダ。返事しろよ，」
信じられない。
とりあえず，俺はヤマダの顔の上，掌を翳した。もう息はなかった。胸に耳を当てたが，鼓動も聞こえない。
信じ難い状況の中，まるで虚構の世界にいるみたいで。変に冷静になる。
おい，冗談じゃない。俺はこれでも古株なんだよ。
獲物は，一発でしとめる。
目を閉じても感じることが出来るくらいに，腕が立つ。
お前が教えてくれたんじゃないか。
そうずっと，彼の背中を見て育った俺は，彼を神のように思っていた。彼の言うことは絶対であったし，彼が誰よりも正しかった。
それなのに俺は，なんて頭の悪いガキなのだろう。
……そうか。
どうして気付かなかったのだろう。
お前が，俺に強い罪悪感を抱いていたことに。
もしかしたら，お前が果たしたいことというのが，俺の復讐なのか。「俺が，お前を殺すこと」なのか。
どっちみち，ヤマダは俺からナイフを奪ったのだった。
綺麗な月の夜だった。黄色く鋭い刃が夜空に張り付き，恐ろしく光っている。ふと，急に街灯が明滅し始めたのに驚き，そこに群がっていた虫たちが，羽を広げて俺の瞳の中の月を撫でていく。その光景は，俺が今握っているこのナイフに，よく似ていた。本当に，よく似ていたんだ。