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Odeurs de la pêche <桃の匂い>
【同性愛♀ 官能小説】

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第2章 運命の人-2

 先生は、啜り泣くように私の耳元で囁き続けていました。私は先生の脚の間に背後から抱きかかえられ、柔らかい手が全身に泡を広げていました。
 先生のフランス語の囁きは延々と続いておりました。私は向きを変えて先生と対峙し、ちょっと微笑んで柔らかな乳房の間に顔を埋めました。そして、母のような先生の鼓動を数えながら、その揺り籠の中で幸福感に包まれたのでした。

 ミニョン・リシュリューはエクス=アン=プロヴァンスのラベンダー栽培農家の娘で、その時の私には、どういう経緯があってのことかは分かりませんでしたが、留学生としてホームステイしていたのです。
 私がミニョンに初めて会った昨年のクリスマスイヴ、ミニョンは挨拶のキスをしようと私に近づいてきたとき、言葉を飲んで立ちすくんだのです。ただでさえ白いミニョンの顔から血の気が引いていくのをはっきりと見ました。
 私と同じくらいの背丈のせいもありました。それに私は、幼いながらミクとの日々が、錯覚であれ私を大人にしている、と思っておりましたから、外国人だとか、特別な人だといった気後れの意識はありませんでした。もともとの私の性格もあったのでしょうが、殆ど感情らしい感情は湧き上がってはこなかったのです。ただ、シャンデリアの下の青白いミニョンの顔は、彫りが深く、素直に美しいフランスの女性だと思いました。そして、真っ先に思ったのは、あの、ボッティチェリの美神だったのです。
 ミニョンは、家庭教師を兼ねて私の世話をするように母から命じられていたらしく、放任されて自由だった私にとっては、時に煩わしく思われるほど,サキに代わって甲斐甲斐しく私の身の回りの世話をするようになったのです。
 母の寝室は二階の奥にあり、その左隣は、かつて父が使っていた寝室で、そこがミニョンの部屋になりました。東の角部屋になる私の寝室との間には、母の衣装部屋、2つの客間、浴室、洗面所など、全ての部屋が南からの光りを受けるようになっています。長い廊下の中間は大きな吹き抜けになっていて、絨毯の階段が階下へ伸びています。そうした部屋の位置関係は、私が部屋に籠もっている限り、階下はもちろん、二階への人の動きを全く感じることはありませんでした。ミクとの激しく淫らな夏休みが、誰に気兼ねすることもなく続けられたのは、一方では良くもあり、一方では、母が私を遠ざけておく手だてのようにも思えたことがあました。
 母の意図的な部屋の配置かどうかは分かりません。でも、一人でいることが普通だと思っていた私でも、そのことが、感情の起伏が少ない、寂しさに耐える私を作っていったように思えるのです。ですから、ミニョンが勉強のために私の部屋に近づいてくる毎日の足音は、そこはかとなくうれしく、孤独ではなくなったような気がしていたのです。
 ミニョンが私の部屋に初めて入ったとき、その広さに感嘆の声を上げ、中央に置いてあるグランドピアノの蓋を開けたり、ステレオや飾り棚を撫でてみたりしながら、私が母に愛されているのだろうと思ったのも無理はありません。
 静かな口調、まだ少したどたどしい表現の日本語。長く白い手指の泳ぎが、時折私の頬を弛ませてくれました。
 ミニョンは、部屋に入って私の両頬に挨拶の軽いキスをする以外には決して私には接触しようとせず、一定の距離を保とうとしているようでした。でも、冬休みの間は、椅子を並べての授業は少し長めの時間となり、ミニョンの息を間近に感じるほどの接近が多くなります。時には、出題や提出の度に手が触れあうことも度々でした。その度に私は、内心の抑揚を何度も感じていたのです。
 ミニョンは、問題を解いている私の顔を食い入るように見つめていることも強く意識しましたし、<外国人のクセなのかしら>と思いながらも、初対面に見せたミニョンの血の気が引く瞬間を思い出し、私に対して、何か特別な思い入れがあるのだろうと、子供ながらに分かってきたのです。
 私の答案を、真剣にチェックするミニョンの肌からは、いつも優しい香りが立ちのぼっておりました。ラベンダーの香りです。多分、プロヴァンスの実家から、香水とかアロマ、ラベンダーの粉末などが大量に送られてくるのかしら、と、勝手な想像をしながら、ふと、美神の白い裸はどれほど美しいかしら……と興味が湧いたりして顔の赤らむ思いをしたりしました。
 そんな私を感じ取ったように、間近で私を見つめるミニョンの透き通るようなブルーの瞳と小さな瞳孔には、思わず溜め息が出ることがありました。後々ミニョンは、私の黒い瞳が神秘的だった、と言われましたけれど。
 そのようにして、しばらくの間はお互いの秘密を探り合うような日々が続いていたのでした。


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