投稿小説が全て無料で読める書けるPiPi's World

さよならの向こう側
【悲恋 恋愛小説】

さよならの向こう側の最初へ さよならの向こう側 19 さよならの向こう側 21 さよならの向こう側の最後へ

第四章 昭和十一年〜桜〜-4

「おい!そこの妾の子!」
くだらないその呼び方が、自分のことを指しているんだとはわかってる。
振り返ると、どこかで見た顔が三つ、薄ら笑いを浮かべながらこっちに近づいてきた。
…あぁ、煩わしい。
せっかく、幸蔵さんに対する説明つかない感情の答えが見つかりそうだったというのに。
そうしたら私、また一つ大人に近付けるような気がしていたのに。
「よぅ、丘の上のお嬢様。お前たち汚れた親子は迷惑なんだよ。早く出てってくれないかなぁ?」
…またか。
別に、驚きもしなけりゃ泣きもしない。
こんなの、いつもの事だもの。
百瀬町長が押さえ込んでくれているとはいえ、こんな小さな田舎町。
軍人さんのお妾さんとその娘である私たち親子を、この町の人たちはとても疎んじているのだ。
今、目の前にいる坊主頭三つも、こうして以前から事あるごとに絡んでくる。
でも、わかっているんだ。
『汚れた』とか『出ていけ』という言葉は、彼ら自身の言葉というよりも、その親が…大人たちが常日頃、私たち親子に向けて囁いている言葉であることを。
だから、ほら。
今も、こうして絡まれている私を遠目で眺めている大人たち。
助けてくれるどころか、その顔には薄ら笑いが貼りついていることを、私は…わかっているから。
「出て行くことは出来ません。東京のお屋敷に帰ることも出来るけれど、父様が身体の弱い母様の為にこちらにお家を建ててくだすったのですから。それに、汚れた…と申されましたけれど、私はあなた方と違って毎日お風呂にも入っておりますが?」
わざと丁寧な言葉使いで。
真っ赤な嘘を事実のように並べ立て。
最後に悠然と微笑んで。
そうして、私は踵を返す。
力の限りに走り抜いたら足の速さには自信があったから、いつもはこの流れで振り切っていたくだらないやり取り。
…だったのに。
奴ら、今日は自転車で追いかけてきた。
さすがに、何回も同じやり取りを繰り返せば彼らだって対策を考えるか。

そうこうしているうちに追いつかれ、周りを取り囲まれた。
仕方ない。
さて、新展開はどうしたいというの?
「お前、生意気なんだよ!余所者のくせに」
「そんなピラピラした服着やがって、髪もそんなフワフワにして!」
服は父様の見立てで、髪は母様の好みだ。
そこに私の意志なんて何ひとつ入っていないというのに。
「…髪、切ってやるよ」
「―――…!」
ご丁寧なことに、わざわざ持ってきたのか鋏を振りかざしながら、厭らしく笑い声を上げる男たち。
…髪かぁ。
さすがに、僅かながら心が怯んだ。
生まれも育ちの境遇も、服も髪もこんな事態も全て、私の望んだことではないのに。
でも。
父様は、ここにはいない身勝手な人。
母様は、私の事なんて考えられない弱い人。
百瀬町長にはこれ以上、迷惑なんてかけたくない。
そう、幸蔵さんにも。
私は、ひとりだ。
だから、強くなければならない。
こんなくだらないことに負けたくは――ない。
「ふん。髪の毛ひとつで満足するなら、これから暑くなる時期だしちょうどいいわ。さぁ、どうぞ!」
私が泣き叫ぶとでも思っていたのだろうか。
予想外の返事に一瞬たじろいだ様子の連中は、それでも次の瞬間、醜く顔を歪めて、鋏を持つその手を振り上げた。


さよならの向こう側の最初へ さよならの向こう側 19 さよならの向こう側 21 さよならの向こう側の最後へ

名前変換フォーム

変換前の名前変換後の名前