春B+3.5-5
「あんただってもう来ないって言ったじゃん」
「…うん、言った」
「食堂で食べるって言ったじゃん」
「…」
「ここはつまんないって、あの子と食べるって言ったじゃん!!」
「…」
こんなに感情的な睦月さんを初めて見た。
顔にキュッと力を込めてる。いつもの仮面を取られまいとしてるようだ。
ドキドキしながら近付いた。
足下が綿の上を歩いてるみたいにフワフワする。
「…やめてよ、睦月さん」
「…」
「そんな言い方されると、期待しちゃうじゃん」
睦月さんが今言ったのはここに最後に来た日に俺が事務所の新入社員に言ったセリフそのまんま。
聞かせるつもりで言ったのは俺だけど、そんな風に言われちゃうと…
「嫉妬してるみたいに聞こえる」
「…!、誰がっ」
「睦月さんが」
「自惚れないでよ!あたしはそんなんじゃない!!」
「…」
だから、やめてよ。
睦月さんがいつもの笑顔と対照的な顔を出せば出すほど俺は期待しちゃうのに。
「小松さんに言われたからですか?」
「…」
「だから俺をふっ」
「小松は関係ない!」
遮って、強く言い切られた。
「あんたにああ言ったのはその気がないから!小松は関係ない」
「睦月さ…」
「そーゆう事だから」
そう言って視線をスッと落としたまま、しばらく俺を見てくれなかった。
だから目の前に回り込んでしゃがんで無理矢理視線を合わせようとしたけど、それもかたくなに拒否される。
「俺と小松さんの仲を心配してくれてます?」
「あんたって何でそんなポジティブなの?」
「言っときますけど、小松さんとはもう喧嘩しちゃいましたからね」
「は…!?」
顔を上げてくれた。
自分が近付いたくせに、距離が近くて少し恥ずかしい。
「喧嘩って、喧嘩?」
「ただの言い争いですけど」
「ただのって…」
「だって小松さんおかしくないですか?睦月さんにそんな事頼むなんて」
鼻息荒く訴える俺を見て、睦月さんはようやく小さくだけど笑ってくれた。
「あいつあたしの事嫌いだから」
「だからって―」
「あたしは嫌いじゃないんだけどね」
「へ?」
「小松の変な正義感。しょうもなくて、嫌いになれない」
「睦月さん…」
「自分の嫁を守って可愛いがってる後輩守って、ヒーロー気取りなのよ。腹は立つけど、気にしてないから」
「でも」
「だから、盾突いた事ちゃんと小松に謝りなさい」
「えっ」
「あんた普段あいつの世話になってんでしょ?可愛がってもらってんでしょー?」
「そりゃまぁ…」
「なら当然」
「はぁい」
全く気のない返事をした俺を睦月さんはジロリと睨んで、今度は溜め息を一つこぼした。