イジメテアゲル!-15
「……あ、ダメ、そんなところ、汚い……あん、由美、ダメなのにぃ……」
千恵はここにいないはずの由美に向かって何かを訴えかけている。しかし、英助を驚かせたのはそれだけじゃない。
蹲る彼女のブラウスはスカートからはみ出し、白い布のようなものに顔を埋め、しきりに手で股間を弄っている。時折ブラウスのはだけだ部分から健康的な肌色も見える。
――これって、オナニー?
高校生の英助には当然、自慰の知識も経験もあり、女子もそれがあることを知っている。しかし、放課後の部室で同性の親友を想い、行為に耽っているなどとは想定外。目の前で起こっていても、しばらくは自分の目を疑ってしまう。
「あ、進藤、お前こんなところでなにやってんだ?」
聞き覚えのあるハスキーな声に振り返ると、渡り廊下から多香子がやって来る。隣には彼女よりやや背の高い、色黒の男子がいた。おそらく彼氏だろう。
「そういう茜沢こそ、なんでいるんだよ」
「だってさー、遊びに行きたいけど雨酷いしどこ行っても誰かいるし……。誰にも邪魔されない場所って結構ないんだよねー」
つまり放課後の逢瀬の場所を探していたらしい。そして選んだ先がサッカー部部室であったわけだ。
「多香子、早く行こうぜ……」
彼氏は照れているのか部室の鍵を開けると、多香子を待たずにさっさと入る。
「あーん待ってってばー」
多香子はいつもの意地悪い顔を向けると、彼氏に続いて部室に向かう。
「……そうだ、痴漢やろーに覗かれないように鍵閉めとかないと」
高らかな笑い声に続いて施錠音が聞こえた。
「誰が覗くかよ……たっく」
痴漢の汚名に続き覗きとまでいわれては、いくら人の良い英助でも我慢ができない。
「……進藤、ちょっと話がしたいんだけど」
「後にしてくれ!」
憤りのあまり、ついぶっきらぼうに返事をしてしまう。しかし、声の質がハスキーではなく、アルトよりであったことに違和感を覚える。
「……覗き、してたくせに……」
「うぇ!」
痴漢は冤罪であり、サッカー部部室の覗きも未遂段階。しかし、文芸部部室の覗きは真っ黒。
「……入って」
「はい……」
今回ばかりは英助も素直に従った。
〜〜
千恵は内鍵を掛けると彼を床に座らせ、手近な椅子に腰掛ける。
ブラウスのボタンをかけながら、英助を睨みつける。その頬は朱に染まりつつ、瞳からはかなりの憎悪が感じられた。
「痴漢の次は覗き? ほんとサイテー……」
「だから痴漢はしてないよ」
「覗きは痴漢じゃないの?」
「はい、そうかもしれません。……けど、久住がそんなことしてるなんて思わないし……」
「じゃあ何でここに居たのよ。あんたは由美たちと課題してるはずでしょ?」
「その、久住の様子がおかしかったから、ミーさんに言われて」
「はぁ……またミーさん? あんたってほんと情けないわね……」
千恵は大げさに額を叩くと、ぼそぼそと「ヘタレ」だの「なんでこんな奴」と呟く。
「なんだよ、俺だって心配してたんだぜ。その、泣いてるみたいだったし……」
「バカにしないでよ。ていうかあんたが来たからってなんの解決にもなりゃしないわ!」
「そりゃ、俺じゃ力になれないかもしれないけどさ、事情も事情だし……」
「へー、そうやってあたしに哀れみをかけたいんだ。仕返しのつもり? 陰険ね」
卑屈になっている千恵には彼の言葉と態度が全て逆に映るらしく、とげとげしい言葉で返ってくる。
「哀れみって……。あのなあ、久住も白河の親友ならなんで応援してあげないんだよ。そりゃ失恋したのは辛いだろうけど、そういう時に力になってやるのが……」
バチンと威勢の良い破裂音が響く。同時に英助の頬に痛みが走った。彼は激しい憤りを覚え、彼女を睨む。しかし……、
「バカヤロー、すん、お前が言うなよ……」
瞳いっぱいに溜まった涙が彼女の頬を零れ、ぽたぽたと床に落ちる。
沸騰していた気持ちが一瞬にして冷め、逆に酷く胸が痛んだ。