ブルーシリーズ:第六弾 蒼い恋慕 〜ブルー・れいでぃ〜-4
隣の女が少年に声をかける。少年は、さもジャズへの陶酔の妨げだと言わぬばかりに不機嫌に答える。一転して媚びるような目線で、少年に話しかける女。少年がタバコを口にすると、すぐさま火を点ける女。至極当然と言った風に受ける無表情の少年。ゆっくりと深く吸い込み、ゆったりと吐き出していく。
その煙の中の女に、少年は初めて笑みを投げかけるーポツリポツリ・・とうとう雨が降り出した。巡らせていた夢を、何の前ぶれもなく破られた少年。重い扉を押して、幻想の世界へと入る。光と音が暴力的に支配する世界、色とりどりの光がミラーボールから発せられている。激しい音が、壁と言わず天井にそして床に、激しく叩きつけられている。
“バババ、ドンドドドドン!”
“チキチョン、チキチキチキチョン、チョン!”
“ブンバンバンブンブンブンバン!”
“ティーヴイィィ、ディーー、チューン、ティティーー!”
“あの娘が、あの娘が、云ったのさー!”
扉を開けたとたんに、少年の耳に飛び込んできた。少年には、まだ唯の騒音としか聞こえない。ロック音楽と称されて、同年代の少年たちが狂喜している。しかし少年には、どうしても異質な音楽だった。シャウト、シャウト!と言うが、大声で叫ぶことに何の意味があるというのか。
バズトーンと称される重低音が、お腹にズンズンと響く。ピックで弾くはずのギターで、
“チューン、ティティーー!”という音を出すのが理解できない。
「大人のジョーシキは、俺たちのヒジョーシキ」!と嘯くボーカル。
少年には上すべりに聞こえる歌詞が、持てはやされる世界へ。
“Wellcome Rock’n Roll!”
そこには少年の思い巡らせた世界はない。色とりどりの光を発するミラーボール、壁と言わず床そして天井に容赦なく叩きつける強烈な光。それが、もうもうと立ち込めるタバコの煙に取って代わられている。その煙に色があり、赤、青、そして白とさまざまな色だった。しかし濁った色でしかなかった。そして光ではなく、色でしかない。少年の心には投影するもののない、色だった。
暫くの間、己の夢想とのあまりの落差に立ち竦んでしまった。戸惑いの中でも、容赦なく現実が襲いくる。
「お客さん。ここでチケットをお求めください。一杯の飲料代も含まれています。追加の場合は、黒服にその旨お伝えください。」
「えぇっと、それじゃ・・コークハイを一つ・・」
「ご注文はお席に着かれてからお願いします。」
常連客を装うとした少年。顔を真っ赤にして、チケットを手にして、キョロキョロと見回す。
“カウンターだ、カウンターの隅っこに行け!”と思ってはみても、
少年の足が動かない。案内係の合図があったのか、黒服が少年の前に。
「お客さん、こちらにどうぞ。お連れ様はいらっしゃいますか?」
「い、いえ。今夜は一人です。この・・」
友人に連れられて来たのだと言いかけて、言葉が詰まってしまった。初見の客だと見抜かれていることを、さすがに認めざるをえない少年だ。第一、二度目三度目がどうだというのか。つい苦笑いをしてしまう。
「申し訳ありませんが、お一人様ですとカウンター席をお願いしていますが。」
「良いです、そこで。端が空いていれば、端っこで良いです。」
ホールは、若者たちで一杯だった。対になって、踊りに興じている。しかしその誰もが、視線を合わせようとはしていない。互いの斜め先に視線を置いて、踊りに興じている。これも又、少年の思い描くものではなかった。