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蒼い殺意
【純文学 その他小説】

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ブルーシリーズ:第六弾 蒼い恋慕 〜ブルー・れいでぃ〜-3

 酔っ払いが少年をからかいつつ、すれ違っていく。
 「お兄さん、今夜は誰を泣かせるつもりだい?」
 しかし少年はそれを、遊び人と見られている証拠だとほくそえむ。

 少年の足が、大通りから裏通りへと向く。細長いビルが立ち並び、
バーやらスナックやらの看板が目に入る。そしてその中の一つのビルで止まった。濃茶のガラス戸で、取っ手が鈍い銀色に光っている。
そしてアクセント的に右の上部に、小さく鏡のように反射する銀文字で[パブ・深海魚]とある。

 少年の心が、期待に大きく膨らむ。少年の手がドアを押す。そこは、光と音の調和良く構成された世界への入り口だ。まず赤い縁取りがされた漆黒のビロード地の幕が、少年を迎えてくれた。
 「いらっしゃいませ。」と、慇懃に礼をしながら黒服の男が声をかけてきた。

 入場料を支払って始めて、幻想の世界へと入ることができる。そして二重合わせの幕の間を抜けて、ミラーボールから発せられる色とりどりの光線の洗礼を受ける。ここでたじろぐことなく、少年は歩を進める。黒服の男は幕の外からは中に入らない。ここには二度目となる少年は、迷うことなくカウンターへと向かう。

 「いらっしゃい!」
バーテンの声が、少年の耳に心地良い。常連客を迎えるが如きの声掛けが嬉しい少年だ。といって、初めての時にも同じように声掛けがあったけれども。

 「どうも。」と、カウンターの隅に進む。いかにも常連客が座る席の筈だと、少年は考えている。しかし今夜は先客がいる。ブランデーらしき、大きなグラスを傾けている女がいる。一つ二つ席を空けてと考えた少年に、バーテンが言う。
 「すみませんね、お客さん。女性のお隣で良いですか?今夜は満員になりそうなんで。」

 ドギマギしながらも、
「失礼します。」と女に声を掛けて座る少年だ。しかし女からは、
何の反応もない。壁に寄りかかりながら、目を閉じている。眠っているわけではないようだ。かすかに指が動いている。

 「何にします?」
 「コークハイ、ください。」
 「はいよ!コークハイ、ね。」

 突然、女の目が開いた。そして、軽蔑の眼差しを少年に向けた。
 “コークハイですって!ふん、お子ちゃまね。”
 少年の耳に、女の声が聞こえたような気がした。しかし少年は無視する。

 差し出されたコークハイを半分ほど飲み込むと、ジンと快い刺激が喉を襲う。ゆっくりとグラスをカウンターに置くと、耳に入り込んでくるバンド演奏に聞き入る。そしてそのジャズ演奏に、身を委ねる。少年の体に染み入ってくる生のジャズに、次第に陶酔していく。

 そしてそのジャズが、少年の手足を動かし始める。演奏に合わせて、小さな動きから次第に大きく体が波打ち始める。その様はまさしく、猿回しの太鼓に踊らされる猿のようにぎこちない。それでも、
目を閉じて聞き入る少年は大人の少年がそこにいると思っている。

 正直、少年はジャズを知らない。聞く機会もなかった。年上の、
大人たちの会話の中で飛び交うジャズという言葉。カタカナ文字の名前。少年を取り囲むのは、大人の歌う歌謡曲だ。しかしジャズが黒人の心の歌である限り、同じく虐げられた者に響く何かがある筈と、少年の期待は大きかった。


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