10年越しの誤算-4
「まぁ、俺も詳しくは知らねぇんだけど…聖、かなり落ち込んでたみたいだからさ」
「そ、そぉ…」
やはり、何かがおかしい。
いつもの水沢なら絶対に、俺から聞き出せ得る限りを聞き出そうとするだろう。
それなのに今日の水沢は、この話題から逃げるみたいに目を泳がせている。
この反応は明らかに変だ。こんな水沢、見たことがない。
気が付くと、窓の外は大荒れの天気になっていた。
強い雨が窓ガラスを打ち、遠くでは雷鳴が響いている。
ほんの数分前の、気まずい空気はどこへやら…今ではすっかり、教室内は水沢の独壇場と化している。
話はどこからか外れてどんどん変な方向につっ走っているが、俺の知らない聖の話を嬉々として語り続ける水沢は、なんだかいつにも増して楽しそうだ。
「でね、聖ってば顔真っ赤にしちゃって…って、瀬沼聞いてる?」
「聞いてるよ。それで?」
水沢の口ぶりには嫌味が無く、終始聖への愛が溢れていて心地いい。よっぽど聖のことが好きなのだろう。
ただ話を聞いているだけなのに聖の姿が容易に想像出来てしまうのは、きっとそのせいだ。
「それでね…って、うふふっ」
「なっ、なんだよ?」
「だってさぁ、その顔」
「顔?」
水沢はニターッと、意味深な笑みを浮かべた。いつも俺を冷やかす時の、嫌な笑顔だ。
「瀬沼って、本当に聖のこと大好きよね?顔、緩んでるわよ?」
俺はハッとして、顔に手をやった。
そのつもりは無くても、ついつい頬が緩んでしまっていたみたいだ。
「ふふっ、隠さなくたって良いわよ。その気持ち、よ?く分かるから。聖って可愛いわよね?、瀬沼?」
「ったく…水沢だって、俺のこと言えないだろ?」
「あら、今ごろ気付いたの?私、聖にベタ惚れだから。瀬沼になんか、負けないわよ」
「……だろうな。てか、勝てる気がしないよ」
「でっしょ?っ!」
水沢は得意気にそう言った後、楽しげに声を上げて笑い始めた。
あまりにも無邪気な笑い声に、俺までつられて笑ってしまう。
少し前までは、水沢とこんな風に会話が出来るなんて事、考えもしなかった。
聖が聞いたら確実に“自分をネタにするな”とふてくされてしまうだろうが、こんなのもたまには良いだろう。
(ずいぶん遅くなっちまったなぁ…)
時間も忘れてしまう程に、水沢と聖の話で盛り上がった。
楽しかったのは良いんだが、いつの間にか、聖に会いに行けない時間になっている。
いくらなんでも、さすがにもう帰ってしまっただろう。
「あれ?まだ誰か残ってんのか?」
教室にも、誰も居ないと思っていた。
だから、ドアを開けた途端に目に飛び込んで来た人の姿に、酷く驚かされた。
「なんだ、博也か…えっ、聖?」
博也の後ろに、隠れるようにして聖が居る。しかも、心なしか目が赤い。
「ひ、じり…なんで泣いて……」
泣いていたであろう事は、一目瞭然だ。
頬を濡らした涙の跡が、まだそこにくっきりと残っている。