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「グラスメイト」
【青春 恋愛小説】

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「グラスメイト」-8

「それで、どうして?」
ここにきたの?と彼女が訊いた。
「なんだか気になってね。学校で探したんだけど見つからなかったから。」
「そうなんだ。ごめんね、私からだ弱くて通学できないのよ。あの日が初めてだったの、学校に行ったのは。」
何時の間にか母親は席を外していた。
「どうして夕方に学校に来たの?」
「昼間に行ったらクラスの人に迷惑かけちゃうかもしれないし。午前中は体調が良くなかったから。」
「ふーん、で、どうだった、学校は。」
そう尋ねると、彼女はすぐに答えた。
「すっごく良かった。次は昼間に、皆と一緒に授業を受けたいなぁ。」
「そんなに面白いものじゃないよ。僕には苦痛さ。」
「それでも、ここにいるよりはずっとマシよ。」
そう言って彼女は、窓の外を見た。五階の窓の外には、とても遠いけれど微かに、小さく学校が見える。彼女にとって学校とは、ここから見るだけの存在なのだろう。僕たちがウンザリしている日常こそ、彼女が望むすべてに違いない。
それから一時間ほど話し込むと、日はすっかり暮れていた。
「ねぇ、また来てくれる?」
帰りがてら、彼女が言った。僕は笑った。
「もちろん来るよ。クラスメートってのは、そういうもんさ。」
そう言うと、彼女は泣いてしまった。嬉しくて泣いたのだろう。今まで見舞いに来てくれる友達がいなかったから。そんな当然の優しささえ、彼女は与えられていなかったのだ。
病室を出ると、彼女の母親と会った。ずっと廊下で、僕たちの会話が終わるのを待っていたようだ。邪魔をしないように、ずっと。僕はお辞儀をした。彼女は、「ありがとう」と言った。
 それから毎日の様に、僕は彼女に会いに行った。学校の様子を語り、彼女の話を聞き、他愛の無い世間話をした。時には面会謝絶のときもあった。話している最中に、胸を押さえて苦しみだすときもあった。けれど僕は、彼女を訪ねることを止めなかった。それは同情ではなかったし、まだ愛情と呼べるものでもなかったであろう。ただ、彼女の味気の無い日常に僕は色を添えたかった。
 二ヶ月。それが僕たちに与えられた時間。いつまでも続くと思っていたからこそ、途方も無いほど短く感じたのだろうか。
 ある日、彼女は言った。
「ねぇ、もしも。もしも私の病気がいつか治ったら。」
途切れていた会話を埋めるように、静かに呟いた。
「もう一度、一緒に学校に行こう。」
伏し目がちな彼女。だから僕は答えた。
「いやだね。」
「えっ?」
「僕は、もしもの話は好きじゃない。だから」
彼女の目を見据えながら言う。
「絶対に行こう。病気を治して。絶対に。いつまでも待ってるから」
涙ぐんだ。嬉しいからなのか、悲しいからなのか、今は知る術もない。
「うん。絶対だよ。」
翌日、彼女は病院を移った。何の前触れも無く、彼女は僕の前から姿を消した。誰に聞いても、彼女の転院先を教えてはくれなかった。後から分かったことだが、彼女は誰にも知らせないでほしいと病院側に申し込んだそうだ。
後日、彼女の主治医から手紙を受け取った。
『私の唯一のクラスメート、和樹くんへ。私は別の病院へ移ることになりました。貴方と話しているうちに、学校生活への憧れが強くなり、私は決心したからです。長いこと躊躇っていた手術を受けようと思います。そのため、もっと大きな病院へ行きます。必ず、戻ってくるから、心配しないでほしい。この街に、あの学校に、必ず戻るから、待っていて下さい。』
読みながら、知らず涙を流していた。失って気付く存在の大きさ。いつだってそうだ。無くしてから、それがどんなに大切なものだったのかを知る。味気の無い日常に色を添えてくれていたのは、紛れも無い、彼女のほうだった。
けれど、戻ってくるのだろう?ならば僕は、別れる以前の仕方で、彼女に接してあげよう。
彼女が望んだ世界を、僕は守り続けよう。ずっとこの街で。

それから三年。
つるんでいた仲間は、それぞれの方向に向かって走っていった。僕は、けれど、この街であの頃の僕のままで。風の噂で、彼女の手術は失敗したと聞いた。僕は信じなかった。
だって彼女は戻ってくると、待っててほしいと、そう言ったから。
果たすべき約束がある。
だから、僕がいる。


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