始まりと、終わりの日(あの夏4)-3
「そうなの。今日は、一緒に夏をする人が不在で」
彼女の発する言葉を聞くたび、やっぱり変わってる、と思う。
“夏をする人”の意味が、僕にはさっぱり分からない
「その人って、うちの店に一緒に来たことがある人ですか?」
仕方なく僕は、さっきのおばちゃんの言葉を思い出し、そう訊いてみた。
「ああ、きっとそう。一度だけ、一緒にアイスを買いに行ったから」
「彼氏、なんですね」
即、そう言い返した僕に、彼女は冷静に、まさか、と言い放つ。
「そういうんじゃないの。もっと近い人」
「ああ、お兄さんですか」
「ううん」
「じゃあ、弟さん?」
「違うの。赤の他人」
僕は、お手上げだ、と心の中で降参のポーズをする。
ちょっと綺麗だからって、誘われるがままに、こんなとこまで来るんじゃなかった。
彼女の話は、意味不明すぎる。
要領を得ないにも程がある
「とにかく、大事な人なんですね」
この話題を打ち切ろうと思い、僕は言う。
彼女は静かに、そうね、と答えた。
「私の我儘をきくのが仕事みたいに思ってる人よ。彼といると、私の仕事は『我儘を言うこと』になっちゃうの。だけど、それは悪くないし、そう、少なくとも、夏の間は大切な人ね」
そう言ったあと、彼女は、
「夏はそのうち終わるけど」
と付け加えて、窓の外を眺めた。
僕もつられて外を観る。
行き交う人々は皆、一様に暑そうな表情をしている。
夏が、なんだと言うんだろう。
夏が終わると、いったい何が変わると言うんだろう
「夏が終わったら、どうなるんですか?」
心の中で、自分に舌打ちをする。打ち切りたいはずの話題。
それなのに、吸い寄せられるみたいに、僕まで夏の話題を口にしている。
今日まで話したこともなかった人と、こんな場所で、僕はいったい何をしてるんだろう。
馬鹿みたいだ、本当に。
「さあ。終わってみないと分からない。不思議ね。夏は毎年あったのに」
そう。馬鹿みたいだって、分かってる。
なのに、僕の目は、そう言う彼女の姿を見つめ続けていた。
あの、ただの赤い財布が、僕をとんでもないところまで導いてきたもんだ、と思う。