投稿小説が全て無料で読める書けるPiPi's World

あの夏
【初恋 恋愛小説】

あの夏の最初へ あの夏 5 あの夏 7 あの夏の最後へ

始まりと、終わりの日(あの夏4)-2

「ねえ、こういうときって、お礼したりするもの、だよね?」

首を少し傾げて訊くその姿は、何故かわざとらしさが感じられなくて不思議だった。

「そんな。いいです、お礼なんて。店に落ちてただけですから」

「ううん。やっぱり、そんな訳にはいかないわ。ねえ、ここの仕事は何時まで?」

「五時、ですけど…」

僕がそう言うと、彼女は黒目を天井に向け、手を髪にやる。考える、仕草。

「じゃあ、五時半に駅前の喫茶店で待ち合わせ。どう?なんでも食べてくれていいから」

僕が何も言えないでいるうちに、彼女はさっさと行ってしまった。
「来てくれても、くれなくてもいいから」
そう、言い残して。
困ったな。断る理由は僕にはない。

「ねえねえ、あの娘と知り合いなの?」

急に後ろから声をかけられて振り返ると、パートのおばちゃんが、にやにやしながら立っていた。

「まさか。落とした財布拾っただけっす」

「ああ、そう。あの娘、綺麗だけど、変わってるわよねえ。毎日、アイスを二個だけ買ってくでしょ。安いやつ」

そう言ったおばちゃんの眉間に皺がよる。

「そうみたいっすね」

「だけどね、この前、珍しく男の人と来てたのよ。買ってったのは結局アイスだけだったけど」

そこまで言うと、満足そうに、おばちゃんは仕事に戻っていった。
別にそんなこと、どっちだっていい。恋をしてるわけじゃないし。


僕はバイトを終えると、待ち合わせの喫茶店へと走った。
約束の時間よりも十五分も早く。
だけど、彼女はもうそこにいた。
窓際の席、黒いカバーをかけた本を読みながら。

「あの、すみません。待たせちゃいましたか?」

彼女がゆっくりと顔をあげた。

「ううん、大丈夫。歩きながらアイスを食べてから、ずっとここにいたから」

「え、あれからずっとですか」

「そう。今日はね、わたし暇なの。…座れば?」

本を閉じ、僕にむかって笑いながら、彼女が椅子を指差す。
首を少し傾げる、その仕草はどうやら癖らしい。
…笑顔を見たのは、初めてだった。

「今日は、アイスがひとつだったんですね」

彼女は、本当になんでも頼んで、と言ったけど、結局僕は紅茶だけを選び、注文を終えるなり、彼女にそう話し掛けた。沈黙は苦手だ


あの夏の最初へ あの夏 5 あの夏 7 あの夏の最後へ

名前変換フォーム

変換前の名前変換後の名前