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あの夏
【初恋 恋愛小説】

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あの夏-1

片手にビニールの袋を持って、照りつける太陽の光を浴びながら、私はあの夏に向かって、坂道をのぼっている。

夏といえば、飲み会、花火、海にお祭り。
もちろん、夏の出会いを期待して。
二十歳。大学生になって二回目の夏休みは、そんなふうに半分を終えていた。

だけど、そんな日々にも少しうんざりしてきていたのが、正直なところ。
夏の夜に遊び回ることにも、飽き飽きで。

「もう一度、あの夏を再現しない?」

そう言いだしたのは私の方で、行動にうつしたのはフウの方。

「八月の二十日にね、家に誰もいなくなるから、スズネ、遊びにきて。あの夏を再現するんでしょ?」

本当はね、少しびっくりしたんだ。
私が気紛れで言ったせりふ、フウが本気にしてくれてると思わなかったから。

思えばいつも、私のどうしようもない我儘を、きいてくれるのがフウだった。
私とフウは、幼稚園のときからの長い付き合い。
気が合うとか合わないとか、そんなことを考える前から一緒にいた。
だから、私にはフウがいるのが当たり前で、フウには私がいるのが当たり前。
高校から学校が違っちゃって、そんなに会えなくなっても、そばにいる気がしたもの。

私は、白地に紅い花柄のワンピースを着て、麦わら帽子をかぶり、小さな鞄を斜めにかけて、フウの家へ続く坂道を登り続ける。
坂の上に見える、古い、木造の家。
恐いくらいに広い庭に、騒めく木々と咲き誇る花。
日当たりの良い縁側、井戸の跡。
ちょっと洋風の家で育った私にとって、そんなフウの家は格好の遊び場だった。
最近は足を向けることもなくなってしまったけれど。

あまりに強い日差しに耐えかねて、私はもっていた袋からアイスを取り出し、食べはじめる。
安いソーダの味と歯にしみるほどの冷たさが、口の中に広がって気持ちがいい。

履いてるサンダルの音が、コンクリートの道で鳴る。
あの夏みたいに、ペタンコのサンダル。
この道も、昔は砂利道だった。

「あの夏」なんて言っても、別にたいしたことをしたわけじゃない。
特別な何かがあったわけでも。
ただ二人で、縁側でアイスを食べて、庭で水遊びをしていただけ。
日が暮れていくのを、ざわざわする気持ちで眺めていただけ。
仲間たちと遊び狂う時間を過ぎたら、なんだかまた、フウとそんな夏をすごしたくなったんだ。

大丈夫。
袋の中にはまだちゃんと、フウのアイスは残ってるから。
数はひとつだけど、真ん中で割れる、二人で分けて食べられるやつ。
あの頃みたいに半分こ。

歩きながらアイスをひとつ食べちゃったこと、フウには内緒にするつもりだけど、きっとばれてしまうと思う。
私はいつも、そうしてたから。

あの夏、私たちはまだ小学校の四年生で。
私はまだ小さな女の子で、フウもまだ小さな男の子だった。

もう、フウの家はすぐそこ。
あの日みたいに、太陽の匂いを連れていくから。
ただ二人で、アイスを食べて、だらだらした時間をすごそう。
この夏に果てしなく長い時間を感じよう。

だけど、あの夏、あの日、アイスのあとの縁側で、ふざけてした、あのキス。
あれの再現はどうしようか。
私はまた口を尖らせて、我儘ばかりを言うから、あの太陽が傾いたら、フウの意見をきかせてよ。


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