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はるかぜ
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あおあらし-1

最初、春風が話さなくなった事に私は気づかなかった。


目が覚めて帰っていない春風に気づいた時、物凄く慌てた。思いつく限りを探しまわり、それでも見つからなかった。私一人の力なんてそんなもの。誰かに助けを求めたくても出来ない。春風が暁だって説明しなくちゃいけないし、そもそも私との事、話すわけにはいかない。だから、その時すごく分かってしまった。私たちは孤独なのだと。

結局、私には春風を見つけられないまま、彼は自分でここに帰ってきた。
帰って来た事に喜んで、私は気づかなかった。冷蔵庫のカレーを食べるか聞いて頷いた時も、寝る時に頭を撫でていてくれた時も。


一週間が経って、そういえばって思って、それで気づいた。

春風の声を聞いていないことを。

「ね、春風?」

二人で並んで座ってクラシックを聞いていて、そっと春風の手に手を重ねて呼びかけた。あの二日間以来ここに入り浸りになっている。私の声に春風はこっちを向いた。いつもと同じに見える顔。だから悲しくて重ねた手を握った。

「何かあったの?」

精一杯だった。何て聞いたらいいかわからなかった。
春風の顔が悲しく変わる。見る見るうちに目の端に涙が溜まって、それが流れる前に私を抱きしめた。

凄く複雑だった。けれど私は春風の背に手を回してさするしかなかった。

泣きたいのは私の方だった。何も教えてくれない春風。話せなくなった事も過去も。

「ごめんね」

何に対して謝ったのか自分でも分からなかったけれど、耳元で呟く。春風は泣き続けて、私も涙が流れた。

それから一週間。春風の家に行けなかった。眠ってしまった春風を置いて出てきてしまった。

荷が重いは適切ではないかもしれないけれどそんな感じだった。

自分の部屋に閉じこもってずっと暁の声を聞いていた。一枚だけ持っていたCDから。

それでも携帯にはメールも何も来ない。たまにふと春風が自殺をしていたらどうしようって思って玄関までは行くのだけど、春風の家がもう無かったらどうしようと思ってしまうと外に出れなかった。母も父もみんな気にはしているけど何も聞いて来ない。それくらい難しいのだ、きっと。

すこし前まで芸能人だった人と付き合っていると言うことは。だから私も何も言えない。

昼間の家はすごく静かだ。父も姉もいなくて、祖母も寝ている。遅い昼食を簡単に素うどんで済ませて薬を飲もうと缶を開けて手が止まる。何年か前友達が買ってきてくれたディズニーランドのお土産の缶。その中の薬は僅かだった。缶が置いてあった戸棚の横にかかっている保険会社のカレンダーを確認する。今日が病院の日だった。

「忘れてた」

取り敢えず昼の分の薬を飲んで、ゆっくり支度をして久しぶりに外に出る。
風がもう湿り気を帯びていて夏が来ている。

病院は街にある。単線電車に乗ってがらがらの車内でじっと座席を見つめる。あそこに春風が座っていたな、と。

たっぷり感傷に浸らされて電車はやっと目的の駅についた。いつも通りの道を通っていつもの病院に行く。東京から越してきた時に紹介されたこの病院に通ってもう10年近くになる。すこしだけ待たされて貰った処方箋を薬に変えるとすっかり時間が経っていた。

真っ直ぐ帰ればよかった、と後悔するのは三十分後だった。駅ビルの大きな本屋で立ち読みをしていて、いつのまにか彼が後ろに立っていた。この前より少しラフな格好をしてサングラスを掛けた雨水が。

「よっ」

声を掛けられ後ろを向いて思わず本を落としかけた。

「う、雨水さん?」

大声を出す事はかろうじて避ける事が出来て、声を潜めて言った。
長い茶色の髪をかき上げて雨水がそうと頷く。

「お茶しない?奢るから」

なっ、と返事を待たずに雨水は私の手を取り引っ張った。
大っぴらに拒絶するわけにも行かなくて、慌てて本を棚に戻して着いていった。


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