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はるかぜ
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にわかあめ-5

胸が痛くて、言葉が続かなかった。息が吸えなくて苦しい。鼓動が早くなる。今、彼は何て言ったの?こんな時にずるい。
私の問いに答えるように春風はもう一度ゆっくり言う。

「りつが好きだ」

嘘って聞きたかったのに言葉にならなかった。春風の口から私の名前が出たのは初めてだった。びっくりしてしゃっくりが止まる。

「りつが好きなんだよ。さやかの事はもう良いんだ」

さやかって人なんだ。顔が熱い。鼓動が早くて、春風の顔を見れなくなった。俯くと春風が片手を解いてそっと私の顔に手を当てて上を向かせた。

「りつは?もう俺のこと、嫌い?」

無理矢理見させられた春風の顔は不安そうで、それでも優しそうで、それで、格好よかった。この人はやっぱり『暁』なんだって無理矢理納得させられる顔だった。私は何がなんだか分からなくて、首を振って呟く。

「わかんないよ……」

目だけ無理矢理に下を向いて視線をそらす。とても見てられなかった。
ふわり、ふわりと、春風の声が染みていた。でも、春風は本当はまだあの人―さやかさん―を好きなんでしょう?と言葉が出掛かって引っ込む。

「りつ、好きだよ。本当だからね」

どうして分かるの?って顔をして春風を見た。見た瞬間に涙がこぼれた。あぁ、嬉しいって心のそこから思う。

「……しもっ…」
「え?なに?」

言葉が上手に繋げない。涙と咳としゃっくりが混じる。

「わ、たしも、す…きっ…」

ようやく言えた言葉に息が漏れる。顔が熱い。きっと真っ赤だ。春風はほっとしたように嬉しそうに、私の顔から手を離して両手で抱きしめてくれた。彼の背中に回した手から温度が伝わってくる。すごく熱い。彼も私と同じくらい心臓がドキドキしているんだろうか。

「ごめんね、りつ。不安にさせて。ちゃんと後で全部話すから。でももう抑えられない」


耳元で春風が呟く。春風の声と息がかかって耳が熱い。え?って聞き返す間もなく、一瞬離れた春風の顔は目の前にあって、そっと彼の唇が私の唇に重なった。生まれて初めてのキス。声も出せずに、慌てて目を閉じて、頼るように春風の背に回した腕に力を込める。短かったのかもしれないけれど、それはすごく長くて私はとろとろになっていた。
やっと春風が離れてまた抱きしめてくれる。

「はるぅ…」

抱きしめられれば抱きしめられるほど、切なくなる。だから涙も止まらない。キスしたらもっと変わるって思ってたのに何も変わらなかった。春風はそんなこと分かってる風に髪をいつものように撫でてくれる。

「もう一回する?」

春風が意地悪な顔をしてそう言った。私は素直に頷いて目を閉じる。春風の匂いが近づいて、また、甘いキスを貰った。

「ちょっと行って来るから」

と、春風の声で起きる。散々喚いて泣いたせいでキスが終わる頃には意識が飛んでいた。私の病気は喘息。途中で一度目が覚めて自分が春風のベッドで寝ているってわかった。さっきまでの事が夢かも知れないって思ったら、もう少しその夢を見たくなって、そのまま春風の匂いがする心地の良いベッドで寝ていた。その間ずっと彼は添い寝をしてくれていたらしく、腕にシーツの跡がついている。そういえば途中で私の携帯が鳴ったけど、どうも親からだったらしくて、春風が小さな声で対応している声をぼんやりと聞いていた。

「帰ってくる?」

何度か小さく呼吸をしてから聞く。玄関まで歩いていた春風は戻ってきて私の額に軽くキスをした。

「帰ってくる。カレー作れるなら作っておいて」

その言葉に頷く。どこに行くの?なんて聞かなくても分かっていた。雨水の所だ。玄関に落ちていたマッチがなくなっている。

「わかった。早く帰ってきてね」

うん、と、春風が頷き、玄関を早足で出ていく。
胸騒ぎがしていた。
けれど大丈夫だと思った。


春風が帰って来るのはそれから二日後。
戻ってきた彼はまた言葉を話さなくなっていた。


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