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はるかぜ
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あおあらし-2

連れて行かれた先は雨水が泊まっているホテルのカフェだった。
それなりに高級なホテルに足を踏み入れた事もなくて思わずホテルの中を見渡してしまう。

「いらっしゃいませ。お二人さまでよろしいですか?」

黒のスカートに白いブラウス、名札に小林とある女性が会釈をしてから雨水に尋ねる。

「ん」

雨水が短く答え小林が喫煙席に案内しようする。
歩き出した小林に雨水は禁煙で、と短く答え、私は思わず雨水を見た。

「だめなんだろ、煙草」

視線に気づいた雨水が言い、すこし驚いて頷く。


カフェは空いていて低いボリュームでピアノ曲が流れていた。
平日の午後。
窓から柔らかく差し込む光が白いテーブルクロスにコーヒーカップの影を作り出していた。

「この前は悪かったな」

先に口を開いたのは雨水だった。

「え?」

スプーンを混ぜる手を止め顔を上げる。

「煙草、だめだったんだろう。意地悪しちゃって悪かったな」

雨水の長い指がコーヒーカップに伸びる。カップを持ち上げて口に運ぶ姿がとても綺麗だった。
スプーンを置いて、自分もコーヒーを啜る。

「大丈夫です。あれくらいなら、いつもですから」

カップをソーサーに二人とも戻し、会話が無くなる。
聞きたい事はたくさんあるのだけれど、聞いて良いのか分からなかった。
雨水は組んでいた足を組みなおし、また口を開いた。

「アイツ、大丈夫だった?」

その言葉に弾かれたように顔を上げる。

「……大丈夫じゃ、ないんだな」

雨水がため息混じりに息を吐いた。
動く度に甘い香水の匂いがした。

「何を、したんですか?」

まっすぐに相手を見つめて尋ねる。唇を噛み締め、テーブルの上に置いた手も握り締めた。

「怒ってる?」

が、その事には答えずに雨水はまたも質問をしてくる。首を振りまた見つめた。どうしてか分からないけれど胸の奥がきゅっとなった。

「アイツじゃなくて、君は怒ってない?」

またも尋ねられ、頷いた。

「怒ってません。……教えてください。何をしたんですか、彼に」

雨水は髪をかき上げ、ポケットから煙草を出した。ライターを握り、煙草の蓋を開けたり閉めたりしている。
吸うわけではなく、何かを考えるように。

「……アイツにはな、彼女がいたんだ。……だからさ、このままだと君も同じようになるって言った」

やっと聞けた言葉だがどういう事か分からなくて、首を傾げる。
意味を尋ねようと口を開いた時、雨水の携帯が鳴った。一瞥もせずポケットから出すと電源を切る。

「今の、ね。社長かマネージャー」

携帯をポケットにしまい、雨水がカップを手に取る。冷めたコーヒーを飲み干すとライターで火をつけて手遊びを始める。

「連れ戻せって言われてんの」

長い睫を下に向かせて視線をライターから外さずに雨水は言った。

「連れ、戻す……?だって、無期限の……」

思わず尋ね返してしまって、はっと気がつく。
前回もそうだったように、今回も春風は勝手に来てしまったんではないかと。

「……わかった?そういう事にしか出来なかったんだよ」

何も言えず俯く。話がついているとばかり思っていた自分に腹が立った。

「まだ、会社の連中は知らない。他のメンバーも。君が居る事」

雨水はサングラスを取って私の方を見た。

「お願いが、ある。……君から離れてくれないか?暁はどうしても必要なんだ」


真っ直ぐ家に帰ればよかった。
連絡先と言われて渡されたのは雨水の番号が書かれたコースターで、送っていくという雨水の申し出を丁寧に断ってカタンカタンとゆっくり走るいつもの電車に乗っていた。
夕方は買い物帰りの人が何人か乗っていて、それでもすこしは賑やかだ。

鞄の中のコースターを出して眺める。
汚いけれど読みにくい文字で十一桁の番号が並ぶ。
メモリーには入れる気になれなくて、また鞄にしまう。
駅に着く度に人が減って、いつも通り一人になって、私も降りた。
客が乗っていない電車はそのまま走り去っていく。

古い待合室の椅子に座る。古くなったポスターを眺めていたら、視界が滲んで頬を流れた。

春風を好きなのに、春風も好きだと言ってくれているのに。
別れて欲しいと言われて、そうしないといけないと思った。
間違っているよって言われるかもしれないけれど、このまま逃げるようにひっそりと隠れて過ごすのは、切なかった。

もし、春風が居なくなっても、誰にも相談できず、私は、また帰ってきてくれるのではないと思って待ってしまいそうだった。

流れ始めた涙は止まらない。もっと素直だったら春風に問いただせるのに、出来ない自分は弱虫だと思った。

春風に逢いたい。


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