Poor Crown〜Beside the Bridge〜-4
5/27(金)
またここか。
俺はそう心の裡だけで呟き、缶コーヒーをあおった。
時刻は16:10。中途半端な時間帯のせいか、人通りはそう多くない。ベンチには初老のサラリーマンが一人、日傘を差して膝枕をしているカップルが一組、鳩の写真を撮ろうとしている女の子が一人。そんなものだった。
こんなところで何をしようとしているのだろう。
その問いは他の誰かではない、自分へ向けたもの。別に後ろから可愛い女の子に話しかけてもらいたいわけではないし、当然、話しかけたいわけでもない。そんなことを狙っていた、と言えば、眉を吊り上げて怒る人物も一人思い浮かぶ。
何でもいいか。
自己完結。そう、どうだっていいか、と、目の前の植物に止まった黄色いてんとう虫を見ながら思う。大阪にてんとう虫がいることにも多少は驚いたが。
まぁ、話しかけてくるわけがないし。仮に俺なら、ネクタイゆるゆるであぐらをかいた男に話しかけてみよう、などとはゆめゆめ思うまい。
西に傾きかけた太陽は木々に長い影を落とし、勤務時間を終えようとしている。勤務地、世界の空の上、なんて、カッコいいにもほどがあるな。何て考えていると、黄色い飛行機が俺の頭上を通り過ぎていった。
僕が煙草に火をつけたところで、初老のサラリーマンが腰を上げた。上着を小脇に抱え、よっぽど大事なのか、両手で掴んでいた。
凄いなぁ。
何だか、最近、世界を見る目が変わってきているのが自分でもわかる。道行くサラリーマン一人ひとりを敬愛し、目の前の菱形が三つ並べたマークにはひれ伏しそうになる。ある意味では卑屈過ぎる状況でもあるのは否定出来ない。
一方で、世界を見る目が変わるのは、やはり俺自身が世界を広げつつある前兆に思えた。幼い頃は(きっと誰でもそうだが)自分の世界はひどく狭かった。自分の目で見たものが全てであるが故に、視覚で捉えるものはただの情報でしかなかった。今では、視覚情報を、自分の脳内のデータベースと繋ぎ合わせ、思考が働く。サラリーマンには、就職戦争を生き残った最強のサバイバーとして。三つの菱形には超多角経営のビジネスグループとして。幼い頃と現在では、ワープロとパソコンくらいの差がある。
しかし他方で、失ったものもなかなか多い。それは一言で言えば「自由さ」だと思う。単に遊ぶ時間が減ったとか、そういう意味を含めて。考えなければいけないことが増えた、ということだろうか。やりたいこと、やらなければいけないこと。必ずしも重なりはしない二つの事柄はその狭間の俺を圧迫しては攻めぎあう。
でも。
じゃあ、幼い俺のやりたいことって何だったかな。