彼な私-10
六
ご飯が喉を通らない…目をつぶっても眠れない…
私の頭はふしだら満載で、あの時の杏がよりリアルにヒートアップしていく。あるときは服を脱ぎ捨て、またあるときは私の服を慣れた手つきで剥いでゆく…
―も…もうだめ…精神的にも肉体的にも疲労が限界を越えてるわ…
「あれ?今日、弁当ねーの?」
昼休み、尚が私をつつく。
―弁当?…
何日経ったのか…私はお得意の弁当を作る気力もなくなっていた。
「タケ子どうしたの?」
私の顔を覗き込む夢子。
その夢子を遮って奈美が夢子に耳打ちする。
「バカね、春樹の事でしょ」
―…聞こえてまーす…
「いや〜、もう別の恋の病かもよ〜」
尚、いつものように意地悪く笑う。その目は杏へ向けられていた。
―ひっ、尚!!バカっもうっ、やっぱり尚なんかに言うんじゃなかったー!!
「今日家来いよ」
尚、睨み付ける私にそう言った。
「やだ」
私、尚に背を向ける。
「いいからっ、鈴にも会わせたいし」
―え…
尚の真剣な言葉に驚いて、尚を見た。尚は夢子をからかって遊んでいる。さっきの真剣な声が嘘のように明るい声で…
放課後、私はセーラーに着替えると尚が待つ教室へ戻ってきた。
「よし、行くか」
私の姿を見つけた尚、大きく伸びをして私の前を歩き出した。
「ねぇ〜…突然どうしたの?」
私、あの時の尚の真剣さが気になって問いかけた。
「あ?何が?」
「いや…だから、突然鈴ちゃんに合わせてくれるなんて…」
「…あ〜…相談にのってやってほしいんだ。あいつの…」
「相談?…鈴ちゃんの?…」
「そ、俺はさー…言っただろ覚悟して告ったって、けどあいつは覚悟も出来てない状態でそうなったし、相談出来るやつもいないし…辛い思いしてんじゃないかと思ってさ、辛いから別れるなんて言われたくねーし、まぁ、手離す気はねーけど…」
―…尚…
鈴ちゃんの話をするときの尚は、大人っぽくて男っぽくて…負けたと思ってしまう。
「…で、だ」
尚、立ち止まると私の肩に手を置いた。
―?
「今日は泊まってもらうから」
私の肩に置いた手で二三回肩を叩き、また私の前を歩き出した。
―…泊まり…
「え?…や…ちょっ…や〜だぁ〜聞いてない。だめよぉ〜、着替えもないし、ぱっ、ぱんつもないし」
「俺の使ってないのがあるから」
「やだぁ〜尚のなんてやー!!」
「新品だよ、あ、もしかして女物使ってんの?」
「…や…ち…違うけど…」
「…じゃあ決まり、ほらさっさと歩く!!」
尚、私の腕を掴みグイグイ引っ張っていく。
「ちょっ、ちょっちょっ、ちょっと…尚ぃ〜何よ、何で〜?」
「…今日親いないんだ…親戚の法事で…ヤバいだろ?やっぱ…」
尚は、振り向きもせず足を止めることなくそう語った。
―…ヤバいって…
「そりゃ抱きてーよ!!」
!!
突然振り向いた尚に私、驚いて体が跳ねた。
―びっ、びっくりしたー!!
「え?抱きっ…きゃー、えっちっ尚のえっち!!」
私、腕を掴まれたままもがく。
「じゃあお前は抱きたくねーのか?杏を」
ドキッー
尚の言葉で杏の感触が体に蘇る。
―抱きっ…抱くなんて…そんな…
「それとも抱かれたいの?春樹に」
どきっー
―春樹…
春樹の手の温もりを思い出すと、胸が熱くなる…
「最近、杏と何かあったろ?」
「え!?なっ、な、何もないわよぉ〜…」
「タケ子分かりやすっ、まぁいいけど…」
そう言って尚は、私の腕を掴んだまま歩き出した。
‘抱きたくねーのか?杏を’
―………
‘それとも抱かれたいの?春樹に’
―………
私、尚の背中を見ながら頭がぼーっとなる。
どちらも当たってる…正直、もっと杏に触れたいと思う。そして、春樹に触れられたいと…
―…私…やっぱりおかしいんじゃない?…
学校を出て、何故か買い出しに付き合い、尚の家に着いた。
―重っ…食べないでしょ三人でこれはっ
私、両手に抱えた荷物をダイニングテーブルへ置いた。
「タケ子君遅かったねー」
ドキッー
―え?あ、杏!?杏!?
私の体が固まった。
―杏?え?杏?
「タケ子梅酒買ってきた?」
―ゆ、夢子?!
「お腹すいたー、待ってたよタケ子ー」
―奈美?!
さっぱり状況が把握出来ない。
私、尚の方へ目をやった。
!!
尚は、必死に笑いをこらえている。
―はっ、はめられた!!はめられたんだわっ!!
私の反応に思わず吹き出した尚を睨み付け、杏の声に体をこわばらせながら買い出しの荷をほどいていった。